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『花と怒濤』

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『肉体の門』

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『俺たちの血が許さない』

以上全て
鈴木清順 監督 日活 1964年


 1964年に製作された三本の清順映画。
 中でも一番気合が入っているのが『肉体の門』である。清順はこの映画の撮影中一睡もしなかったらしい。ちなみに日活時代の清順の作品の中で、私が一番好きなのはこの作品かもしれない。そして三本の中で一番分裂症が進んでいるのが『俺たちの血が許さない』である。
 乱暴な分類かも知れないが、清順の映画は、清順にとって思い入れのある脚本で撮られたものと、そうでないものとの二つに分けられるのではないか。そして、『肉体の門』や『悪太郎』などが属する前者と違って、後者の『関東無宿』や『俺たちの血が許さない』といった作品群については、単独の作品分析などはあまり意味をなさないような気がする。それらの作品の各々のディテールは、それらの個々の作品世界に属するというよりも、より茫漠たる虚空に向かって、それぞれ自分勝手に彷徨い出してゆくように見えるからだ。
 それら凶暴な分裂症の記号群はしかし、程度の差こそあれ、「真面目に」撮られた『肉体の門』にも確かに存在している。例えば唐突に画面にオーヴァーラップされる、紙の鬼の面をかぶった宍戸錠などがそれである。その後野川由美子によって、幼馴染が学芸会で鬼が島の鬼を演じた思い出などが語られ、そのイメージの意味が一応納得されるのだが、とにかくその画面が出現した瞬間には、全く得体が知れないのだ。
 あるいは『花と怒濤』で、小林旭の背後に置かれていた神興が無人のままに唐突に動き出す場面を思い起こしてもよい。その場面の直後から回想が始まり、そこでは祭りの日、威勢良く神興を担ぐ小林旭の姿があるので、その前の神興の動きは、その回想場面へのブリッジであることが分かるのだが、小林旭の背後で神興がのっそりと動き出す瞬間に背筋にぞくっとくる感覚は、恐怖映画のそれに近い。
 それらの瞬間に何が起こっているかといえば、記号が誕生したのだとしかいいようがない。まだ名づけられていない、のっぺらぼうの、物質的存在としてだけある、裸の記号である。それらの記号は、その前後の記号と過不足なく連携して線形の連なりを形成するにはあまりに無垢で荒々し過ぎるのだ。だから、それら原初の記号群のアナーキーな連鎖は、決して一個の作品としての総体を形成することなく、悪夢に似た無方向な拡散ぶりを見せるのである。この事態を清順的「スタイル」と呼ぶのは、皮肉や反語にすらならないだろう。
 だから『俺たちの血が許さない』で、高橋英樹と小林旭が車中で会話を交わす時に窓の外で荒れ狂っていた怒涛は、単なる心理描写や美学には到底おさまりがつかない凶暴さで作品の外部に溢れ出すのだ。しかしこの場合の「作品」とは?「外部」とは?それを知るために、清順の世界にさらに深く分け入ってゆかなければならない。

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『悪太郎』
鈴木清順 監督 日活 1963年


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『関東無宿』
鈴木清順 監督 日活 1963年


 相次いで作られた作品ながら、なんとも対照的な二本である。『悪太郎』は清順らしい才気が随所に見られるものの、基本的にはオーソドックスに演出された青春映画である。一方『関東無宿』は任侠映画のふりをした怪奇映画とでもいうべき代物なのだ。もっともこの場合の「怪奇」とはジャンルとしての怪奇ではない。ただ伊藤弘子が玄関でうつむき加減に座っているだけで何か怖いのである。この女性もまた、『野獣の青春』の渡辺美佐子にはじまる「二重の女」の系譜にある。ちなみに『チゴイネルワイゼン』では、この玄関での仕草が大谷直子によってそっくりそのまま反復されていて、これもまた怖い。
 この怖さは何だろうか?『関東無宿』は小林旭主演の仁侠映画なので、幽霊などは出てこない。しかしここには時折、顔を奪われたのっぺらぼうのような記号がぬっと現れるのだ。座っている伊藤弘子もそうである。不気味に間延びした表情の江角英明もそう。女子高生の松原智恵子と進千賀子が銀杏並木で戯れるという、この手の映画には明らかに場違いなシーンも怖い。これらのイメージがわれわれに襲い掛かってきそうだというのではない。しかし、お化けは立っているだけで怖いものなのだ。そう、お化けは襲い掛かってこないからこそ怖いのである。われわれが目にするのは、仁侠映画というジャンルの裂け目からぬっと現れる、物言わぬ不能の記号群なのだ。おそらく清順は、この『関東無宿』で映画の諸ジャンルの間に横たわる真空地帯とでもいうべき領域を発見したのである。そこでは諸々のイメージはあらゆる文脈から切り離され、ただの物質的存在にまで還元された己を見出すのである。この鈍く、冷たい感触は恐ろしい。しかしこの震えこそが、おそらく感動と呼ばれるものなのだ。

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『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』
鈴木清順 監督 日活 1963年


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『野獣の青春』
鈴木清順 監督 日活 1963年


 鈴木清順と宍戸錠が初めてコンビを組んだ二本であり、清順の「美学」が最初に花開いた作品として誉れ高い。
 特に『野獣の青春』は、後年の『チゴイネルワイゼン』や『陽炎座』の世界と、既に地続きとなっている印象を受ける。つまり清順のフィルモグラフィーには、『野獣の青春』以前と以後の間で、一つの大きな亀裂が走っているように思われるのだ。
 しかしこの亀裂は、(一般にいわれているように)単にスタイルの変化で片付けられるものではないように思う。重要なのは、『野獣の青春』において、今までの清順作品には見られなかった全く新しい主題体系が浮上してきたということなのだ。むしろ清順のスタイルないし美学と呼ばれるものは、この新たな主題に奉仕するために生まれたのではないか。
 例えば赤・青・黄といった強烈な原色の使用は、決して色彩に対する清順個人の趣味を反映させたものなのではない。それらは皆、ある機能を担わされているのだ。それらは、各々の色彩の間に越えることのできぬ裂け目を生じさせ、一つのスクリーン上に複数の異質な時空を現前させることである。そして、その機能が奉仕する主題とは、一枚の膜=スクリーンを隔てて存在する二つの世界が、ついにどことも知れぬ曖昧模糊とした空間の中で一つに溶け合ってしまうというものなのだ。この一枚の紙の裏表であるような二つの世界が、この世とあの世の組合せであれば、そこには『チゴイネルワイゼン』の世界が現れるだろうし、それが夢=虚構と現実との対立となれば、『陽炎座』が出来上がるであろう。重要なのは、量産プログラムピクチャー監督である清順にふさわしく、それらの二項対立は常にとりあえず選択されたものに過ぎず、任意に交換が可能だということだ。だからそこには「この世」とは何か?「あの世」とは何か?「現実」とは何か?「虚構」とは何か?といった深刻さに装われた通俗的な問いが挟まれる余地は一切なく、見るものは、これらの世界の間を死を賭して越境する主人公達の血みどろのアクションにひたすら目を奪われるばかりなのだ。
 そう、『野獣の青春』は清順が初めて世に送り出した、真の意味でのアクション映画なのである。以前書いたように、これに先立つ時期の清順は「青春映画」の監督としてあった。その時期コンビを組んでいた和田浩治が担っていたのは、「運動の飛躍」と「無駄な運動」であったことも書いた。一方『野獣の青春』というタイトルにも関わらず、宍戸錠は既に青春期を脱した成熟した男性である。彼との出会いと共に、清順の映画を支配する運動=アクションもまた、新たな局面を迎えることになる。成熟者のアクションは、浸犯し、越境するのだ。
 この浸犯=越境のテーマは、映画の冒頭から、ごく分かりやすい形でそこここに顔を覗かせている。まず宍戸錠が演じる元警察官が、殺された同僚の復讐をするために身分を隠して暴力団に潜入するという物語からして、このテーマに相応しい。もっともそれ自体はこの種の映画の設定としてはありふれたものである。しかし清順の真骨頂は、使い古しの素材のプリコラージュにあるといってよい。

(まだ途中です。つづく)
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『ハイティーンやくざ』
鈴木清順 監督 日活 1961年


 川地民夫主演のモノクロ映画。『百万弗を叩き出せ』と『俺に賭けた奴ら』の間に撮られた作品である。
 新興住宅地の開発が急ピッチに進む地方都市がこの作品の舞台である。しかし随所に登場するダンプの群れは、いかなる社会的な意味も担わされることなく、ただひたすら画面狭しと地響きを立てて往来するだけなのだ。それは登場人物たちも同じ事である。彼らは確かに怒ったり泣いたり笑ったり殴りあったりはするのだが、それらの行動は全て意味も感情も脱色されて、ダンプの走行と何の区別もつかない無機質な運動と化している。ヒトはモノである。人生もまた、良い人生や悪い人生であるまえに、単にごろんと丸太のように転がっているモノなのではあるまいか。
 全くもってすがすがしい映画である。
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『百万弗を叩き出せ』
鈴木清順 監督 日活 1961年


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『俺に賭けた奴ら』
鈴木清順 監督 日活 1962年


 鈴木清順=和田浩治コンビの最後の2本。両方ともボクサーものである。日活の男性スターは、必ず一度はボクサー役をあてがわれたというので、企画としてはありふれたものだったのだろう。下の記事を書いて燃え尽きてしまったので細かい感想は割愛するが、『百万弗を叩き出せ』は『峠を越える若い風』と同様に金子信雄が素晴らしい。和田の演技も初期の臭みが取れて朴訥でよい。野呂圭介も泣かせます。『峠…』と並ぶ青春映画の隠れた傑作。相米慎二のデビュー作『翔んだカップル』には、この作品の香りがはるかに受け継がれている気がするのだが。
 『俺に賭けた奴ら』では、次作品の『探偵事務所23』から始まる清順黄金期が既に頭をもたげ始めている。

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『散弾銃の男』

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『峠を渡る若い風』

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『海峡、血に染めて』

以上全て
鈴木清順 監督 日活 1961年


 この3作品の中では『峠を渡る若い風』が圧倒的に素晴らしい。ちなみに『散弾銃の男』は二谷英明主演のいわゆる日活無国籍アクションで、『海峡、血に染めて』は和田浩治扮する新入りの海上保安庁職員が密輸・密航組織を相手に立ち回りを演じるというもの。
 一方『峠を渡る若い風』は、放浪学生の和田浩治と旅芸人の一座との交流を描いたものであり、いわゆる青春映画に分類される作品である。そして、この作品が、同時期に製作された他の2作品に対して示している優位は、もっぱらこの「青春」というジャンルに起因するものだと思うのだ。
 これは、後年の清順の作風と比べると、一見奇異なテーゼに思われるかも知れない。なぜなら、彼の日活時代の代表作と目される作品群は、例えば山根貞男のいうように、「登場人物の行動もセリフも、心情の流れを形づくることはなく、乾ききっていて無機質で、記号としてだけ展開され、画面は感情移入をいっさい排して、動きと形をのみ訴え出す」「そこではつねに、ジャンルを横断し無化してしまう記号とフォルムの運動が、圧倒的な豊かさを持つ賑わいをくりひろげるばかりである」(『日本映画テレビ監督全集』 キネマ旬報社 1988年 213頁)といったものだからだ。
 しかし、それら成熟期の作品の前史であり萌芽でもある一連の和田浩治シリーズにおいては、会社のお仕着せに他ならぬ、この青春というジャンルが、作家としての清順の形成に重要な役割を果たしたのではないかと思うのだ。そう、この短い過渡期における清順は、アクション映画の巨匠ではなく、まぎれもなく青春映画の名手だったのである。
 では青春とは何か?一言でいえば、それは運動の飛躍と無駄な運動に他ならない。両者はいずれにしてもある種の経済性からの逸脱として現れるのである。この場合の経済性とは、視線とそれが捉える運動との連携によって計られるものだといってよい。視線は登場人物のものでもカメラのものでも観客のものでもありうるのだが、青春の運動は、それらの視線に対して、つねに早すぎるか遅すぎるかのどちらかなのだ。そして『峠を渡る若い風』は、飛躍する不可視の運動が徐々にテンポを落とし、ついには視線から決定的に遅延することによって再び不可視の領域に至るまでの映画だといってよい。重ねて強調すると、この経済性からの逸脱は、清順個人の作家的資質によるものであると同時に、ジャンルとしての青春が、ぎりぎりのところで許容するものなのだ。ほぼ同時期に製作された「アクション映画」である『散弾銃の男』と『海峡、血に染めて』においては、清順の才能は基本的に視線とアクションとの過不足ない連携に費やされているのである。そしてその経済性は、もちろん商品としての映画の経済性に一致するのだ。この2作品の中で後期の清順の奔放さを連想させるシーンといえば、『海峡、血に染めて』の、 清水まゆみがワカメの中に顔だけ出して埋もれているショットくらいではないか。
 さて、『峠を渡る若い風』の冒頭では、田舎の駅にいかにも貧乏旅行中の学生といった風貌の和田浩治が降り立ち、無一文に近い彼がバスに乗車拒否をされ、巡業中の奇術師の一団をのせたトラックに拾われるまでが、わずか10カットほどでテンポよく描写されている。この浮き立つような画面の連鎖にあって、各ショットは時間と空間の連続性というよりは、それらの飛躍によって結びついている。この場面からだけでも、清順の才気は十分に覗われるのである。しかしこの作品に清順が賭けたものは、別な形で徐々に現れてくる。この映画の素晴らしさは、最初このように颯爽と登場した和田浩治が、結局ほとんど何も活躍せずに終わるところにある。これまでの一連の和田浩治主演映画にあっては、彼が持ち前のさわやかさと才気を武器に八面六臂の活躍をするのが一番の見せ所だったのだが、この作品にあっては、彼のさわやかさはただ無駄にふりまかれるばかりで、ストーリーの要である芸人一座の運命にはほとんど関わらないのだ。興味深いのは、ある映画検索サイトでこの映画のあらすじを読むと、そこでは主人公が立ち回りの末にヒロインを悪の手から救出したりして、定石どおりの活躍を見せていることである。そのソースがこの作品の原作本なのか当時のプレスリリースなのかは不明だが、実際の作品では、ヒロインは自力で自らの運命を切り開くのであり、主人公はあくまでその傍観者的な立場に止まるのだ。でも、この無為こそが青春というものではないか。そしてこの青春の無為を描くことが、B級プログラム・ピクチャーのローテーション監督だった清順の、本作品におけるささやかにして大いなる野心だったと思うのだ。
 この映画の最も美しい瞬間の一つに、指相撲の場面がある。団員同士のいさかいの仲裁に入った和田浩治が、怒り狂う力自慢の男をうまくなだめて指相撲の勝負に持ち込むのだが、二人は同時にどっかりと座敷に座り込み、それまでにらみ合う二人を真横から捉えつづけてきたカメラの視界の下に消えてしまう。しかしカメラは微動だにせず、ひたすら二人を見守る団員達の姿だけを見つめるのだ。この奇妙な間が、なぜこうも胸を締めつけるのかはうまく説明ができない。しかし明らかなのは、この感動は映画技法のシステムからの逸脱が生み出すものだということである。しかしこの逸脱は、何かの過剰によるものではなく、逆に無為や空白や間隙といった負の記号のなせるわざなのだ。『峠を渡る若い風』は決して自らの逸脱や奇型性を誇示したりはしない。この作品は静かな映画なのである。
 しかし、この静かなる逸脱の映画に最もふさわしい身振りを示す役者は、実は和田浩治ではない。それは、団員の一人をつけねらう流れ者のやくざを演じる金子信雄なのだ。普段は卑劣な悪役を専門としている彼は、人情味に溢れるこの役を、いくぶん照れくさげに演じているのだが、感動的なのは、彼がいささかもその存在を画面に誇示しようとしたりはせず、あくまで画面に穿たれた曖昧な空白として振舞っていることである。カメラはこの人物を殆どアップで捉えることをしない。金子信雄は、彼のトレードマークである、あの追いつめられたときの口をひん曲げたしかめ面を奪われ、かといって「いい奴」らしき小芝居をすることもなく、視線を素通りさせる負の記号として、画面の片隅で、つつましくフルショットからセミロングあたりのサイズに収まりつづけるのだ。ところで、清順の全フィルモグラフィーの中で、相当マイナーな位置にあるこの作品にも、比較的よく言及される場面が一ヶ所だけ存在する。それは、祭りの日に和田浩治と若い団員が決闘をするシーンで、和田が相手にカキ氷のシロップを何度も頭からかぶせられるとき、そのシロップの色に合わせてライトが赤・青・黄色に変化するというショットなのだが、その場面で最も感動的なのは、いかにも「清順らしい」と評されるその瞬間ではなく、もう少し後に訪れるのだ。それは、二人が笑い合いながらパターン通りの和解をする背後で、ほとんど素なのではないかと思われる、嬉しいようなはにかんだような笑みを浮かべている金子信雄の、すこしピンぼけぎみの立ち姿に他ならぬ。定石であれば、決闘の立会人として二人を見守る心優しきやくざの笑みを、一つの「記号」として最後にアップで示すべきところである。しかし金子信雄の笑みは、そうした視線と感動の経済学を逃れ、ただ背景の一部としてひそやかに存在しているだけなのだ。
 この映画には、こうした人目につかぬ間隙や空白が随所にちりばめられている。それらは何も意味しない。表現の経済学からすれば、それらは無駄なものでしかない。しかもその無駄は、意味のシステムに捕われた視線からは完全に逃れ去るがゆえに、ノイズや異物として意識されることすらないのだ。そこからは何も発せられはしない。逆に、それら不可視のささやかな亀裂を満たしに、われわれの思いがどっと流れ込むのである。映画の中の季節は夏から秋口にかけてである。最後に闇の中にひとり去って行く金子信雄の背後で、静かにこおろぎやマツムシが鳴いている。別にその場面に清順らしいスタイルがあるわけではない。ただの、匿名の瞬間だ。しかし、成熟期のスタイルをはぐくむのは、こうした青春期の匿名の空白ではないのか。当時すでに40に近かった清順は、あるいは和田浩治との出会いによって、その完成の時期の直前に、短い第二の青春を生きたのかも知れない。

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『くたばれ愚連隊』
鈴木清順 監督 日活 1960年


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『東京騎士隊』
鈴木清順 監督 日活 1961年


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『無鉄砲大将』
鈴木清順 監督 日活 1961年


 鈴木清順はこの時期、和田浩治を主演に七本もの映画を撮っている。これはその最初の三本。
 ちなみに『くたばれ愚連隊』は清順の和田浩治との最初のコンビ作品であると同時に、最初のカラー作品でもある。
 これらの作品では、昨日見たデビュー直後の作品群に迸っていた鋭角の才気は一見影を潜めているように見える。かわってそこには正攻法の堂々たる演出がある。『くたばれ愚連隊』の時点で、清順は既に二十本弱の作品を世に送り出している中堅である。しかし一般に、清順はこの時期の直後、1963年に宍戸錠主演で撮られた『探偵事務所23』や『野獣の青春』あたりで真の自分のスタイルを確立したと言われているので、和田とコンビを組んだ時期は、その前の序走にあたると言えなくもない。
 じっさい、『8時間の恐怖』の殺伐としたモノクロ・スタンダードの画面を見たばかりの眼には、カラー・シネマスコープの(というか日活スコープの)『くたばれ愚連隊』は、眩暈をさそうほどの明朗さに満ち溢れている。石原裕次郎、小林旭、赤木圭一郎に続く「第四の男」と言われた和田浩治は、「小型裕次郎」の名の通り、若さと裕次郎に顔が似ていることだけがとりえの二流どころだが、このほどよい無個性さが、この時期の清順の作風と奇妙にマッチしているように思える。清順のスタイルは、この三作品のあたりで最も匿名性に近づいたのではないか。その中でも『くたばれ愚連隊』は、鈴木清順のトレードマークである視覚的特長が特に希薄で、この時代、週単位で大量生産されていたプログラム・ピクチャー群の一編として、何の違和感もなくおさまっているように見える。
 しかし匿名は決して凡庸を意味しない。むしろ映画の持つ豊穣さの本質は、この匿名性の中にあると言ってよい。映画におけるあらゆる個性は、匿名の大洋の中の一滴として生まれ、そして再びそこに戻ってゆくのである。異端者と目される清順も、一人のプログラムピクチャー職人として、そのことには十分自覚的だったと思うのだ。彼の斬新なカット割も、美術も、アクションも、いわば既に存在しているものの組合せに過ぎない。そして彼は、署名を持たぬ共有された財産としての技術を使いこなす術を十二分に習得していた。彼が正攻法の演出をやろうと思えばいつでもできたことを、この時期の作品群は教えてくれるのだ。
 しかし、この三本を順に見てゆくと、微妙だが明らかな変化が見られて面白い。『東京騎士隊』は前作『くたばれ愚連隊』のニュートラルな演出に比べると、少し清順特有の硬質さと鮮やかさを増している。『無鉄砲大将』の肌合いはさらに鋭角になり、冒頭の車の中のぬいぐるみや、クライマックスでヒロインが監禁された時に示される剥製のショットなどは、もう完全に『東京流れ者』の世界である。
 どうも今回の文章は冷静に過ぎるようである。でも告白すると、私は『東京騎士隊』を見ながら始終泣きどおしだったのだ。他の2作品も十分に面白かったが、そこまでの感動はなかった。『東京騎士隊』はとにかく懐かしい映画である。とはいえ、この映画を見るのは正真正銘初めてなのだ。最初はこの不思議な既視感の正体が分からなかった。が、映画が進むにつれて、次第にある記憶がよみがえってきて、最後にはとうとう確信に変わった。そう、この作品は、相米慎二の『セーラー服と機関銃』の直接のルーツなのだ。私は今日、一つの生きた「映画史」を目の当たりにしたのである。
 この確信を、客観的な事実で証拠立てることはそれほど難しいことではない。相米が清順に深く傾倒していたことは、彼が照明の熊谷秀夫や脚本の田中陽造ら清順ゆかりのスタッフとよく組んでいることからも、あるいは『雪の断章』や『光る女』の細部からも容易に見て取れる(ちなみに『東京騎士隊』と『セーラー服と機関銃』には共通のスタッフが一人いる。編集の鈴木晄である)。また、この2作品のストーリーや人物設定の類似点をリストアップすることも、あながち無駄な作業ではないだろう。
 でも、この二人のいずれ劣らぬ異端児が交わる場所は、もっと別のところにあるのだ。それは単に、相米が清順のまねをしたとか、影響を受けたということではない。一方の作品のふとした瞬間に流れる空気が、遥かにもう一方の作品の記憶を呼び覚ますといった経験においては、あるいは映画を離れてもっと一般的に、ある瞬間にふと別の瞬間の記憶が呼び覚まされるときには、それらの懐かしい感覚は名前を持たないのだ。それらの匿名の瞬間は、1対1の関係から生ずるのではなく、広く深い匿名の記憶の海の中から現れるのである。
 ある動作、ある表情、群像のざわめき、走る自動車や馬、雨、風、音、光、これら匿名であり、同時に固有のものである各々の瞬間は、全体でひとつの大洋をなすのだ。映画史の全体もまた、この匿名の記憶の海に帰せられる。プログラム・ピクチャーの魅力は、まさにこの海にあそぶことにあるのだ。しかし、既にプログラム・ピクチャーが滅びて数十年が過ぎ、その海の最後の住人だった(と私は思う)相米慎二ももうこの世にはいない。ところで清順は現在、また別のところにいるのだが、それは別の機会に考えようと思う。

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『悪魔の街』
鈴木清太郎 監督 日活 1956年


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『裸女と拳銃』
鈴木清太郎 監督 日活 1957年


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『8時間の恐怖』
鈴木清太郎 監督 日活 1957年


 鈴木清順が改名する前の初期作品ばかりたて続けに見る。
 清順はどこかで、自分は日活では二本立て興行の「添え物映画」しか撮らせてもらえなかったので、40本ものフィルモグラフィーの中で裕次郎主演の作品が一本もないと、半ば恨みがましく、半ば誇らしげに語っていた。この三本の主演男優も、上から河津清三郎、水島道太郎、そして金子信雄(!)と、シブさを通り越して薄ら寒さすら感じさせる顔ぶれである。しかも『悪魔の街』と『裸女と拳銃』の悪役は共に菅井一郎で、この役者の容貌がかもし出す陰惨さは、かえって惚れ惚れするほどのレベルに達している。
 この中では『8時間の恐怖』だけが唯一喜劇として演出されている。しかし、この作品は笑えるどころか、清順の全フィルモグラフィーの中でも、その陰惨さにおいて群を抜いているといってよい。あの呪われた傑作、『悲愁物語』に匹敵する負の美学が全編にみなぎっているのである。当初サスペンスとして企画されたこの作品を勝手にコメディーにしてしまったことで、清順は半年ほどの間、会社から干されてしまうのだが、この映画から立ち上るあまりに禍禍しい気配には、日活の上層部もさすがに鈍感ではいられなかったということなのだろう。
 ところで、笑えぬ喜劇とは何だろうか?そこでは何が起こっているのだろうか。この映画の筋立ては、いわゆる「グランドホテル形式」と呼ばれるものである。山間を走る鉄道が災害で止まってしまう。振替輸送にかり出されたおんぼろバスに、それぞれ訳ありの乗客たちが乗り込み、真夜中の危険な山道をゆくバスの車中で様々なドラマが交錯する。そこに逃亡中のギャングが現れ、バスを乗っ取ってしまう。その極限状況の中で、乗客たちのエゴが次第に剥き出しになって行く。登場人物たちは、資産家、学生運動家、商人、農夫、二号とそのツバメ、子連れの未亡人、元娼婦と、社会のあらゆる階級の寄せ集めである。そして金子信雄扮する主人公は、殺人を犯して護送中の元軍医である。彼は引揚者であり、再婚していた元妻とその夫を殺してしまったのだ。
 つまり、この映画は『駅馬車』のパクリ以外の何ものでもない。しかし清順は、この出がらしの企画から、世界から孤立した異形の作品を産み落としてしまうのだ。しかし、これはいわゆる芸術家の気まぐれといったものではない。清順は、徹頭徹尾倫理的な作家なのだ。彼は、いわゆる人間ドラマというものをまるで信じていない。信じるふりもしなければ、その不信に絶望の身振りを交えるといった通俗性とも無縁である。各階級のカリカチュアとしてふるまう登場人物たちは、あくまで人形芝居に興ずるばかりである。もちろん、そこに当時の社会の縮図というものが現れていないでもないのだろう。しかし、清順には社会風刺などという小市民的な趣味はない。人間社会が滑稽なのではない。笑われるべき人間や、笑われるべき振る舞いがあるというのでもない。人間の生き死にというものが、そもそも滑稽なのだ。清順は、類型も個性も共に信じない。
 かくしてそこには、深みという次元をまるで欠いた、水平のアクションの連鎖が現れるのである。登場人物たちは、個人的心理も、社会的関係も、それらの否定ではなく(これが重要な点だ)、それらの極度のデフォルメと抽象化によって奪われてしまう。そこに生ずるのが笑えぬ喜劇なのだ。見るものは、登場人物たちに感情移入する契機も、軽蔑の念を抱く契機すら奪われたまま、ひたすらアクションの推移を見守ることになる。このアクションによって、個人のものでも社会のものでもない、ある人間の原型が現れるのだ。それは幾分滑稽で、しかし孤独な姿をしている。一人であることの孤独ではない。宇宙の中での人間という存在の孤独である。この集団劇が笑いも感情移入も悲劇的な高ぶりも呼び起こさないのは、人間が人間の外から見据えられているからだ。もちろん、人間はそういう視線にそうそう耐えられるものではない。だから人間には笑いが必要とされるのだ。『8時間の恐怖』は笑えない。しかし、人間の笑いがどこからくるのかを教えてはくれるのである。

 余談:ふとここで、笑いの残酷なふるさとを提示しつづけた今一人の映画監督の名前が思い浮かぶ。ブニュエルである。そういえば、『8時間の恐怖』と『昇天峠』とはどこか似てはいないだろうか。

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