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2004年某月某日

 近所に買い物に出た帰り、ふとした気まぐれでいつもとは別の道をあるいていたら、古本屋を一軒見つけた。驚きである。ここに越してきて数年になるのに、いままでまるで知らなかった。一体いつからここにあるのだろうか。ちなみにここらは通りから一歩引っ込んだ、倉庫や事務所や小さな工場が立ち並ぶごく殺風景な一角である。
 たぶん埃で薄汚れた漫画本の類くらいしかないだろうと思いながら、倉庫をそのまま使った薄暗い店内に入る。また驚く。汚いのは予想通りだが、漫画は入り口近くのコーナーにあるだけで、奥には黒ずんだ専門書や文芸書や美術書が所狭しと並べられているではないか。すぐ目の前の棚には年代ものの岩波文庫がぎっしり。狂喜する。文化砂漠としかいいようのないこの界隈に、こんなオアシスがあったとは!
 しかし、胸を躍らせながら棚から棚へと目を走らせるうち、次第に期待が落胆に取って代わられ始める。良い本がないのである。これは私の趣味から言っているだけではなく、つまり普通の古本屋であれば、店外のワゴンで風雨に晒されているべき本ばかりなのだ。溜息をついていると、ふと背後に人の気配を感じる、振り向くと、いつのまにか店のお姉さん(といっても30代に入ったくらいか)がニコニコしながら立っているのだった。
「何かお探しの本があったらお声をかけてくださいね」
そう声をかけてきた彼女は、化粧気がなく、なかなか清楚な感じなのだが…何というか、そこはかとなく痛い雰囲気を漂わせているのである。客は私一人だ。「はあ」と答えたものの、急に何ともいえない息苦しさを覚えて、そそくさと逃げるようにして店を出る。

2005年某月某日

 ここに寄るのは一年ぶりくらいだろうか。下半分しか開いていないシャッターの奥を覗き込む。入り口そばの、レジやらパソコンやらが置いてある机の前にお姉さんが座っていたので、「開いてますか」と声をかけると、うつむいた顔も上げずに「どうぞ」という返事である。しかし私は入り口近くの漫画コーナーより奥へは一歩も進めなかったのである。本の山が棚からあふれ、通路を奥までびっしりと埋めて、人の背丈よりも高く積み上げられていたのだ。しかもそれらの本は、一体どんな買い付け方をしたものか、なぜか理数系の専門書や教科書らしき本ばかりで、同じ本が何十冊も紐でまとめれられ、積み重なっているのである。ちらりとお姉さんの様子を盗み見る。お姉さんの目は死んでいる。10秒ほどで店を出る。

2006年6月20日

 おーい、生きてるかあ。
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 今日は、数日前に急に亡くなった伯父の通夜だった。
 伯父とは十年以上前に、彼の娘(つまり私の従妹)の結婚式で会ったきりである。死んだと聞かされても、どうもぴんとこない。私がまだ小さいころは、よく両親に連れられて伯父の家に遊びに行ったものだったが、今の私には、彼の死は、ニュースで見る他人の死亡事故と同じくらいに遠いのである。喪主である従兄とその妹に、どういう顔で会えばよいのかわからない(彼らの母親は、十数年前に既に他界している)。彼らとも、幼いころはよく遊んだものである。でも、今は彼らも私には伯父同様に遠い存在なのだ。全てがただ茫洋としてつかみどころがない。何も考えずに、とにかく喪服だけ着込んで外に出た。
 アパートから数十歩の距離に、住宅街の中にぽつんと残された小さな田んぼがある。私は毎日そこを通り過ぎて駅へと向かうのである。今日は道路に面して見慣れぬ看板が立っていた。見れば、田んぼを潰して宅地にするという旨の告知である。がっくりきた。例年に比べて、やけに田植えが遅いと気になっていた矢先なのである。ここに越してきて数年になるが、毎年今ごろから秋口にかけて、稲が苗から青々と生長し、やがて金色に色づいて行く様を、日々眺めるのが好きだった。それも終わりである。
 私はそのとき初めて気がついた。倉庫と住宅街が相半ばしてどこまでもだらだらと続いているこの土地に、私が少しでも愛着を抱いていたとしたら、それはただ、このささやかな田んぼゆえだったのだ。私は駅への道々考えた。私がこの場所に引っ越してから、すでに5年目を迎えている。しかし私の住むアパートの住人は、私を含めて皆ひとり住まいの学生か勤め人で、入れ替わりが激しく、互いに挨拶することすら稀である。周りの住人と接する機会などはなおさらない。アパートの隣に住んでいる大家の老人と時折立ち話をするのが、私の唯一の近所づきあいなのである。つまり、私をこの場所につなぎとめる絆は、一枚の小さな田んぼに対する、これまたちっぽけな感傷に過ぎなかったのだ。私はアハハと笑った。あまり他人には見せたくない笑いである。

 通夜が終わった。私は家族や久々に会った親戚たちと斎場の二階の座敷でしばらく飲食した後、ころあいを見計らって挨拶し、ひとりその場を辞した。ほっとする。従兄弟達と再会できたのがうれしくなかったわけではないのだが、やはりひとりで知らない街を歩いているほうが心地よいのである。斎場の最寄駅である私鉄のM駅からJRのN駅まで、夜の街道をぶらぶら歩くことにする。結局私は最初から、悲しもうという努力さえ放棄していたのだ。私が薄情なのは今に始まったことではないが、例えば十年前の私であれば、そういう自分を認めることができず、とにかく涙の一滴でも無理に搾り出そうとしたはずである。しかし私はいまや自分に何の幻想も抱いてはいない。私はそういう人間なのだ。私はただじっと、カメラのように目の前の儀式を凝視していた。喪主の兄妹をはじめ、親族はみなしっかりしていた。ときおり高齢の女性達がハンカチで目頭を抑えるくらいで、号泣するものもなく、式は淡々と進んだ。
 日本の儀式のよいところは、神だの天国だのと死を肥大化させることなく、むしろ死を日常生活の持続の中に解消してしまうことだと思う。木魚の一定のリズムに乗って、不明瞭で平板な読経が小一時間ほど続く。それは決してキリスト教のように天を指して高ぶることなく、死にゆるやかな水平の歩みを与える。感心したのは、参列者の焼香が済み、読経を終えた坊さんが、おもむろに振り返って、今までに読んだ経文の意味をわかりやすく解説してくれたことである。恰幅よく、頭の剃り跡も青々としたまだ若い僧侶が語るには、それは仏陀が死ぬ直前に弟子達に遺した言葉なのだそうである。私がさらに感心したのは、さも常人には計りがたい意味があるかのように、今さっきまでもったいつけて唱えられていた経文の内容が、実は生と死に対する深遠なる洞察、などではさらさらなかったということだ。欲を少なめに保て、とか、精進せよ、とか、自分を見据えよ、とかその全部で八か条あるという教えは、すべて具体的で現生的でわかりやすい。さすが仏陀である。人間ができている。
 座敷に集まった親族達の顔を眺めるのは興味深かった。弟の口元が従兄のそれに良く似ている。父親の白髪の生え方がだれそれにそっくりだ。兄弟でも親子でもなく、何親等も離れた者どうしが同じ顔をしている。それは気質にも現れており、われわれ一族は、ばらばらのパーツに分解されて渦を巻きながら、全体で一つの漠然とした星雲状のまとまりをなしているのである。しかし、風景としてみれば、私の心を和ませないでもないそれらの人物たちが、「まあまあどうです」とビール瓶を差し向けてくると、私はたちまち苦痛を感ずるのだ。私は聞かれれば、愛想よく近況を語るのだが、その後が続かない。私が相手に何も質問しないからである。私は一体に他人に興味がないのだ。それに同じ血を分かち持っているという感覚は、季節の変わり目に蒲団のぬくもりがむずむずと鬱陶しくなる感じによく似ている。相手にも何となく私の冷たさが伝わるらしく、私の父の目つきと、下の弟の口元と、真中の弟の声を持つキメラであるその人物は、そそくさと隣の卓に移ってゆく。
 喪主の妹と私はあまり年が離れていないので、昔はよく遊んだ仲である。彼女は既に結婚しており、母親似の姉御肌の苦労人で、私にはどことなくつれない。この種の女性の眼力は、私のような頼りがいのない根無草の底を即座に見破ってしまうのだろうと思う。あるいはもっと単純に、ごく幼いころのお医者さんごっこを未だに根に持っているだけなのかも知れぬ。今は気が張り詰めているから大丈夫だと語る彼女は、美しい。その張り詰めた心が、きらきらと目から放射されている。彼女は、まだ30代なのに、両の親を失ってしまったのだ。私はその目の輝きから目をそらす。ちなみに彼女の兄は、私と同じく世間から1メートルくらい浮き上がっているタイプである。私が明日の葬式で何か手伝うことはないかと聞くと、じゃあ喪主をやってくれと気弱に笑っている。顔つきも、物腰も、声も、何かの冗談じゃないかと思うくらいに、亡くなった伯父によく似ている。
 とにかく伯父は死んだ。伯母に先立たれた後の15年にもわたる長い晩年は、辛く淋しいものだったと聞く。しかし宴席ではそんな話題は一切出ない。皆互いの近況を報告しあい、昔話に笑いあっている。それでいいのだろうと思う。葬儀は生きているもののためにある。しかし、この億劫さは何としたことか。早く帰らねば。明日は明日で葬式に出なければならないし。
 N駅への道々何軒かの古本屋を覗く。今日の収穫は以下の通り。『文章教室』は既に文庫本で持っている。金井の作品の中では一番好きな小説である。

『少年と川・島の狐』 
アンリ・ボスコ 天沢 退二郎 訳 福音館土曜日文庫 1985年初版 200円
『文章教室』
金井美恵子 福武書店 1985年 重版 300円


 駅からの帰り道、田んぼはひっそりと静まり返っていた。去年までなら、この時期はカエルの大合唱でうるさいくらいだったのだ。隣家の窓から漏れる明かりを受けて、闇の中、生え放題の雑草がぼんやりと浮き上がっている。引っ越そう。それもなるべく早いほうがいい。そう思いながら、そそくさと通り過ぎた。
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 雨が嫌いである。
 いや、雨が嫌いというよりも、傘が嫌いなのだ。
 さらに正確にいえば、傘を持つのが大嫌いなのである。
 だから私は、天気予報の降水確率がたとえ100%だろうと、朝家を出るときに降ってさえいなければ、絶対に傘は持たない。
 朝はなぜかいつも、今日は絶対降らないぞという何の根拠もない確信に満ち溢れているのである。
 朝から雨が降っていて、やむをえず傘をさして出かけたときも、帰りにやんでいたら出先に置き傘をしてそれっきりである。電車の中に置き忘れた傘も数知れない。
 少々の小雨なら濡れて歩くのもいとわないが、今日のように本当に大雨になって、にっちもさっちも行かなくなったときだけ、コンビニでいやいやながらビニール傘を買って急場を凌ぐのである。
 そんなわけで、一日に二度傘を買ったこともある。
 今月に入って買った傘は、すでに十本を越えてしまった。