
昨日の続き。
ここがハイキングの目的地、奥の院である。
この場所には「関八州見晴台」というたいそう景気のよい別名がある。
その名に恥じず、北東から南東にかけて、熊谷の辺から東京、千葉、神奈川に至るまで、関東平野がぐるりと見渡せる趣向になっている。反対の西側は山また山だ。
それにしても寒い。
友人が芋焼酎とお湯を持参してきたので、プラコップでお湯割を作り、ガタガタ震えながら乾杯する。
友人に誘われて、埼玉の山奥へハイキングに出かける。
途中、山中の不動尊でお御籤を引く。
あろうことか、二人とも凶である。
どちらの紙面にも、まるで救いのない言葉が、これでもかとばかりに連ねられている。
鬱屈した田舎坊主のいやがらせだろうという結論に落ち着く。
去る1月30日にS県S市からK県Y市に引越しました。
今日、ようやく新居にネットが開通したので、数日振りに更新できました。
引越ししたからといって、このブログの何が変わるというわけでもないのですが…
ともあれ、引き続きよろしくおねがいします。
旧住居、2007年1月30日午前9時49分撮影。夕方には引越し屋が来るというのに、この時点で何の準備もしていなかった。
車が嫌いである。
バスやトラックのような大型車はいい。
バイクだって、とりたてて好きというわけではないが、嫌いでもない。
ただ、いわゆる普通の乗用車という奴への嫌悪感は、殆ど生理的なものである。
あの、核家族時代の父権主義とでもいうべき、チンケなマッチョ性がまず癇に障る。
黄信号でこれ見よがしにキキキっと急カーブを切ったり、駐車場にバックで入る時に、鼻息も荒く猛スピードで突っ込む車などを見るたびに、私は思わず顔を赤らめて目を背けてしまう。自動車は、「パパの男根」のように恥ずかしい。
それでも生きるために必要な人間関係を続けていると、時々は、その中に乗り込まなければならないことがある。
入った瞬間の独特の臭い。あれを嗅ぐと、なぜか私は誰彼なく捕まえて、「これでいいんですか?生きるってこんなもんなんですか?」と問い正したくなってくる。その後、深く沈み込んでしまう。
しかし、車への嫌悪が殺意にまで高まるのは、交通量の多い道路で信号待ちをしている時をおいて他にない。
交差点で、鼻先をブンブン通りすぎる車を血走った目で睨みながら、「畜生、車め、走りやがって」などとつぶやいている男がいたら、それは多分私である。