2007年12月04日15時25分、飯能市

 
 
 
2007年12月04日15時10分、飯能市

 
 
 
2007年12月04日15時37分、飯能市

 
 
 
2007年12月04日15時05分、飯能市

 
 
 
2007年12月04日14時49分、飯能市

 
 
 
2007年12月04日15時46分、飯能市
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2007年12月04日13時48分、飯能市、高山不動尊 奥の院

 
 
 
2007年12月04日14時35分、飯能市、高山不動尊 奥の院

 
 

2007年12月04日14時17分、飯能市、高山不動尊 奥の院

 
 
 
2007年12月04日14時42分、飯能市、高山不動尊 奥の院


昨日の続き。
ここがハイキングの目的地、奥の院である。
この場所には「関八州見晴台」というたいそう景気のよい別名がある。
その名に恥じず、北東から南東にかけて、熊谷の辺から東京、千葉、神奈川に至るまで、関東平野がぐるりと見渡せる趣向になっている。反対の西側は山また山だ。
それにしても寒い。
友人が芋焼酎とお湯を持参してきたので、プラコップでお湯割を作り、ガタガタ震えながら乾杯する。
 
 
2007年12月04日13時27分、埼玉県飯能市、高山不動尊

 
 
 2007年12月04日12時45分、埼玉県飯能市、高山不動尊

 
 
 2007年12月04日13時03分、埼玉県飯能市、高山不動尊

 
 
 2007年12月04日13時13分、埼玉県飯能市、高山不動尊

 
 
 2007年12月04日13時30分、埼玉県飯能市、高山不動尊

 
友人に誘われて、埼玉の山奥へハイキングに出かける。
途中、山中の不動尊でお御籤を引く。
あろうことか、二人とも凶である。
どちらの紙面にも、まるで救いのない言葉が、これでもかとばかりに連ねられている。
鬱屈した田舎坊主のいやがらせだろうという結論に落ち着く。
 
 
  2007年1月29日 月曜日 午後12時58分、さいたま市南区
 
去る1月30日にS県S市からK県Y市に引越しました。
今日、ようやく新居にネットが開通したので、数日振りに更新できました。
引越ししたからといって、このブログの何が変わるというわけでもないのですが…
ともあれ、引き続きよろしくおねがいします。
 
 
2007年1月30日午前9時49分、旧住居旧住居、2007年1月30日午前9時49分撮影。夕方には引越し屋が来るというのに、この時点で何の準備もしていなかった。
  
 
  2007年1月29日 月曜日 午後12時41分、アパート付近
 
 
 
  2007年1月29日 月曜日 午後12時48分、アパート付近
 
 
 
  2007年1月29日 月曜日 午後1時00分、アパート付近
 
 
 車が嫌いである。
 バスやトラックのような大型車はいい。
 バイクだって、とりたてて好きというわけではないが、嫌いでもない。
 ただ、いわゆる普通の乗用車という奴への嫌悪感は、殆ど生理的なものである。
 あの、核家族時代の父権主義とでもいうべき、チンケなマッチョ性がまず癇に障る。
 黄信号でこれ見よがしにキキキっと急カーブを切ったり、駐車場にバックで入る時に、鼻息も荒く猛スピードで突っ込む車などを見るたびに、私は思わず顔を赤らめて目を背けてしまう。自動車は、「パパの男根」のように恥ずかしい。
 それでも生きるために必要な人間関係を続けていると、時々は、その中に乗り込まなければならないことがある。
 入った瞬間の独特の臭い。あれを嗅ぐと、なぜか私は誰彼なく捕まえて、「これでいいんですか?生きるってこんなもんなんですか?」と問い正したくなってくる。その後、深く沈み込んでしまう。
 しかし、車への嫌悪が殺意にまで高まるのは、交通量の多い道路で信号待ちをしている時をおいて他にない。
 交差点で、鼻先をブンブン通りすぎる車を血走った目で睨みながら、「畜生、車め、走りやがって」などとつぶやいている男がいたら、それは多分私である。
  
 
  2007年1月10日 水曜日 午後11時35分、さいたま市南区
 
 
  年1月25日 木曜日 午前10時6分、さいたま市南区
 
 
  2007年1月25日 木曜日 午前10時13分、さいたま市南区
 
 
 
  年1月25日 木曜日 午前9時54分、さいたま市南区
 
 
2006年12月15日金曜日午前10時15分、アパート付近
 
 
  2006年12月14日木曜日午前10時5分、アパート付近


  2006年12月10日日曜日午後8時50分、アパート付近
 
 
  2006年11月07日火曜日午後12時25分、自室
 
 

  久しぶりに部屋を掃除し、窓を開け放って空気を入れ替える。
  ふふふん、へへん。
 
 
 
  2006年11月07日火曜日午後1時45分、アパート付近
 
 
  2006年10月10日火曜日午後3時30分、池袋本町
 

 最近フォトショップにはまっている。今日は日がな一日、自分の撮った写真をいじくり回していた。こういうのを「趣味」というのだろう。「趣味」。改めて書いてみると、何だかいやらしい言葉である。
 ちなみに読書も映画も「趣味」だと思ったことはない。
 

  2006年10月03日火曜日午後5時、南浦和駅近辺2006年10月21日午前8時45分、アパート付近
 
 
   2006年10月13日金曜日午後8時40分、アパート付近


   気まぐれでブログタイトルを変更してみました。
   坂口安吾の同名の短編小説より。
   でもすぐ元に戻すかもしれません。
 
 
  2006年10月11日水曜日午後12時41分、アパート付近
 
 
  ふとロシアに行ってみたくなる。
  錆色の曇天、一歩ごとに長靴にまとわりつくぬかるみ、湿り気を含んだ冷気、
  遠くで響く犬の鳴き声…
  そんな風景の中を、毛皮の帽子を耳まですっぽりとかぶって、外套のポケットに
  両手を突っ込み、まるで巨きな何かに打ちひしがれたかのように、肩を落として
  とぼとぼと歩いてみたい。
  で、日暮れまで歩いた後は、宿に戻ってボルシチと黒パンとウオッカ。
 
 
2006年10月10日火曜日午後2時、中浦和駅


  O Freunde, nicht diese Töne!

  (おお友よ!もうこんな歌は止めよう!)


2006年10月10日火曜日午後1時55分、別所沼公園前2006年10月10日火曜日午後1時50分、別所沼公園
 

     2006年10月6日金曜日午後10時、近所のスーパー前


     嗚呼、ラーメン食べたい。
 
  2006年10月3日午後3時15分、アパート前


 昼過ぎに目を覚ます。
 ビールを飲みながら、朝飯とも昼飯ともつかぬ食事をとる。
 昼寝する。
 再び目を覚ますと、もう夕方である。
 スーパー銭湯に行きがてら、近所をぶらぶらする。
 帰ってから夕飯。
 当然ビールを飲む。
 全てこの世はこともなし。


2006年10月3日午後5時15分、南浦和駅近辺2006年10月3日午後5時、南浦和駅近辺2006年10月3日午後5時10分、南浦和駅近辺
 
  2006年10月1日午後12時、アパート付近


 でも夕方からまた雨。
 
2006年9月23日午前6時、駅のホームから


 何やらにぎやかで、突拍子もない出来事に満ち溢れた夢から目覚めた時、なぜか私はしばしば強い悲しみに襲われる。今朝もそうだった。午前五時に目覚ましの電子音で目を開いた瞬間、悲しみが全身にどっと流れ込み、そのままバケツに満ちた水のように、体内でゆたり、ゆたりと波打つのである。私はじっと天井を見上げたまま、しばらく身じろぎもできないでいる。
 悲しみの正体は長らく謎のままだった。別に夢の中で悲しい思いをしたというのではない。むしろそういう時の夢は、楽しいものが多いのである。かといって、その楽しい夢と引き比べて、目覚めた現実を味気なく感じるということでもない。とにかく、それは幻想に属するにはあまりに生々しい、身を切るような、現実の悲しみなのである。確かにそこには何ものかに対する認識がある。悲しむとは、何かを知ることではないか。喜びや快楽よりも、悲しみや苦痛の方が、より認識の名に値するのではないか。
 最近私は、そういう朝を迎えたとき、できるだけ動作をゆっくりと保つことにしている。悲しみを振り払うのではなく、身体を悲しみのリズムに順応させ、悲しみが体内を経巡るままにするのである。そこに何かの真実があるなら、それは大事にせねばなるまい。それは間違いなく希少な時間なのだ。私は一日が終わろうとしている今、こう書きながら、実はもどかしい思いに捕らわれている。見た夢をすぐ忘れてしまうのと同様に、私はもはやその悲しみをよく思い出せないでいるのだ。
 しかし今朝、目を閉じながら、歯ブラシを殊更にゆっくりと上下させていたとき、私は世界と自己について、確かに何かを把握していた。夢の中で起こった出来事は、すでに記憶のほとんどが失われているが、およそありそうもないことの連続だったということだけは覚えている。だが、その中で右往左往していた私の喜怒哀楽は、あくまで現実のものなのだ。私は事実、夢の中でかくかくの感情を抱いたのであるから、夢は感情においては現実なのである。その夢の中のある瞬間、私は鼻も高々だった。めまぐるしく無責任に変化する状況の中で、私はそのときは消防隊員かレスキュー隊員のようなものだったらしく、職業に対する誇りや、信頼する仲間との一体感に他愛もなく酔っていた。火事や事故が起きたのではない。確か私は夢の中で、事務机に座り、同僚とただ雑談をしていただけである。
 そのおぼろげな記憶が、なぜ目覚めの瞬間に、こうも強烈な悲しみを惹き起こすのか?今朝私が達した結論はこうである。結局そこには、私の生存そのもの、魂そのものの他愛のなさが剥き出しになっているのだ。私は夢の中にある通りのものなのだ。私の喜び、誇り、満足、焦り、屈辱の念、恥ずかしさ、などというものは、高々この程度のものに過ぎないことを、夢はご親切にも教えてくれるのである。私はこの無限の宇宙の中で、笑ってしまうほど有限な存在に過ぎぬ。
 アパートから駅への道すがらもひたすら悲しかった。ホロホロと眠そうなコオロギの鳴声が悲しい。やはりまだ眠そうなヤマバトの鳴き声が悲しい。みのり始めたハナミズキの実の赤さが悲しい。すぐ前をうつむきがちに歩く女性の後姿が悲しい。そのポクポクいう靴音が悲しい。頭上に青黒く垂れこめた雲が、地平線に達する前に切りそろえたかのように途切れ、その彼方からぼんやりとした茜色がさしている。その光がやたらに悲しい。

      2006年9月7日午後9時


月の輝きが太陽の光の反射に他ならぬことは、知識としては誰でも知っている。
しかし、月の光の内に太陽を見出すことが、人間の知覚と精神に果たして可能だろうか。
それは耐え難いことなのではないだろうか。
  
2006年9月2日午後5時30分ハナミズキ、高架線、月


 秋空を見上げると、ついつい全てが救われたような錯覚に陥ってしまう私は、やはりだらしがないのでしょうか?
 
ハナミズキという名の木であることを最近知った。引っ越してきてから数年来、ずっと何という名前の木なのか気になっていたのである


 これといった理由は何一つ思い浮かばないのに、駅からアパートに向かう途中、不意に様々な憂鬱の念が次から次へと湧き上がってくる。
 昨日の電話口でのやりとり、来週、気の進まぬ飲み会があること、電車の中で子どもの泣き声がうるさかったこと等々、切れ切れの思いが手を変え品を変えて襲いかかってくるのだが、不思議なことに、それらの間には何の関連もないのである。
 しまいには中学時代の恥ずかしい思い出までもが突如としてよみがえり、はらわたに灼熱の棒を押し付けてくる。どうとでもしてくれよ、もう。
 
 アパート付近アパート付近


 休日であるが、給料日前なので大人しくアパートに引っ込んで読書する。
 落ち着いて読書をしたのは久しぶりである。
 しかし夕方になると彷徨いの虫がうずきだし、近所を二時間ほど訳もなくぶらぶらする。
 あるいは世間では私のようなのを「不審者」というのかも知れぬ。


 アパート付近アパート付近
 
   蕨市


   今日もずぶぬれ。



                                        さいたま市南区
 
   自宅近辺


   この直後ずぶぬれになりました。

 
孤独な月 

単独の月

ちょっと負けてる月ちょっと頑張っている月いささか距離をおいている月

街灯vs.月

済ましている月

水溜りに映った月

はい、したたか酔っ払っております。
自分でもなにやってるんだかさっぱり分かりません。
とにかく、光は、自らの生みの親を忘却することによってのみ、生まれるのである。
月のあばたの恨み言など届こうはずもないのだ。


ついでに今日買った本:

『墨汁一滴』
『筆まかせ抄』
病牀六尺
 いずれも 正岡子規 岩波文庫

ブックオフにて、しめて900円。
飲み相手との待ち合わせの間に何となく買ったもの。
自分でもなぜ買ったのかよく分からぬ(俳句はまるで門外漢である)。

20060805M.jpg


 仕事帰りの電車の中、大きな川をガタゴト渡っていると、不意にドーン、ドンと腹に響く音が。
 窓のすぐ外でぱっと大きな光の花がいくつも開く。たまたま花火大会に行き合わせたのだ。
 車内のあちこちで歓声があがる。乗客みんなの目が一方の側の窓に吸い寄せられる。
 不意のにわか雨や、天変地異や、花火の良いところはこれなのだ。
 それぞれ別々の道を進んできて、すぐに別々の道に分かれて行く、たまたまそこに居合わせただけの、互いに見も知らぬ多数の人間の視線が、一瞬だけ完璧に同調して、斜め上の同じ方向を向く。そのどこまでも伸びて行く幾筋ものまっすぐな平行線の美しさは、虹の比ではない。こういう瞬間だけは人間やら民主主義やらを信じたい気持ちにもなるのである。
 電車を降りた後も遠く花火が見え隠れしている。
 思わず携帯のデジカメで撮ったが、あまりうまくいかなかった。

 *ちなみに日記のタイトルは毎度映画の題名から借用しているが、必ずしもその全部が好きなわけではない。念のため。
20060728X.jpg

百万円落ちてたりとかしないかしら。