※4年くらい前に書き散らしたままにしておいたものです。


三船敏郎対仲代達矢(黒澤明監督「椿三十郎」)
http://www.youtube.com/watch?v=tv9rhC2q8zs
ランドルフ・スコット対リー・マーヴィン(バッド・ベティカー監督「七人の無頼漢」)
http://www.youtube.com/watch?v=FjXiakq_-ys


両者共に「早抜き勝負」の場面であるが、ここには映画「作家」というものの二つの体制の違いが
露になっている。

黒澤明は、有限数の可視的および可聴的ユニットの完璧なコントロールを目指す、という点で、
古典的な意味での「作家」たりえていると言えよう。
1954年にトリュフォーやゴダールが「作家主義」を標榜して、既存の映画業界にケンカを売りまくる以前は、
ある映画監督が「作家」の名に値すると見なされるのは、ともあれ彼が、企画から映画の細部に至るまで、
完全に近いコントロールを行う権力と自由を所有する場合に限られたと言える。
エイゼンシュテイン=フェリーニ主義とはこうしたものだし、上記の黒澤も、正にこうした意味での
「作家」の一人に数えられる。

ところが、バッド・ベティカーの場合は事情は正反対となる。
「七人の無頼漢」は、主演ランドルフ・スコット、上映時間80分未満、低予算、短い撮影期間と、
どこを切っても堂々たる「B級映画」であり、古典的な意味での「作家」が「自由」に振る舞える余地はあまりない。
実際、ここに引用された場面の、どの細部を取っても、そこにベティカー「独自の」視覚的刻印は存在しない。
つまり、映像=音声を構成する、可視的ないし可聴的下位ユニット(役者の演技、カメラワークetc)
のどれを取っても、そこには当時の文化的、経済的なコードから逸脱するような「作家性」は存在しない。

にも関わらず、不動のままのリー・マーヴィンの腹部に、不可視のランドルフ・スコットが放った銃弾が打ち込まれ、
驚愕の表情と共にリー・マーヴィンがよろめく時、そこには、ある絶対的に厳粛な瞬間が生じるのだ。
この厳粛さは、あまりにも慎ましい装いをしているため、ややもすれば、「間に合わせ」の器用な技術と混同されかねないのだが、
これこそが、トリュフォーやゴダールが提唱し、蓮實重彦が受け継いでいる「作家性」なのだ。

黒澤は、対峙する二人を横から捉え続けることにより、「全て」を可視化する。
昔俺は、なぜ三船が仲代に勝ったのかを知りたくて、レーザーディスクをコマ送りで見たことがあるのだが、
驚嘆したのは、そこにはいささかのごまかしもなく、必勝の論理があったことだ。
普通、刀(腰の左に下げられている)は右手で抜き、まず頭上に振り上げてから振り下ろすものであり、
仲代は正にその定石通りの振る舞いをしているのだが、
三船は、まず刀を左手で抜き、振り上げる動作を経由せずに、直接仲代の首筋に切り付けつつ、
右手を刀身に添えて力を補っている。
これぞ完璧、これぞA級という堂々たる演出である。

しかし、バッド・ベティカーは、「どちらが早く抜くか」というプロセス自体には着目しない。
そこには「結果」しか存在しない。
まあ「ずるい」のだが、多少補足をすれば、上に引用された場面の以前に、リー・マーヴィンが
ホルスターから拳銃を抜く動作を捉えた場面が何度かあり、その素早さを観客は記憶している。
なので、上の場面だけを見れば、ただあっけない幕切れに見えるだけかもしれないが、
映画の全編を見ている者にとって、これはかなり衝撃的な場面なのだ。
バッド・ベティカーは、黒澤と異なり、「なぜ(またはいかに)ランドルフ・スコットが強いか」を示さない。
彼は、だた、「ランドルフ・スコットが強いから勝った」ことしか示さないのだ。
つまり、ランドルフ・スコットの強さは不可視の領域にあり、その強さは、
リー・マーヴィンに打ち込まれる弾丸、というか、その音と、彼が後方によろめく動作という
「痕跡」によって示されるに過ぎない。
しかし、銃声と、リー・マーヴィンの動作は、「ランドルフ・スコットは強い」という
「不可視の全体」の「隠喩」ではない。
可視的、可聴的ユニット(銃声と動作)は、むしろ不可視の全体(「ランドルフ・スコットが勝った」)を、
もはや見ることができず、誰にも見られたこともなく、取り返しがつかず、二度と再現できない「一回性」
として、永久に闇の彼方に押しやる。
再現性を持つフィルムに一回性はないという反論は無効である。
その「全体」は、一度もフィルムの上に現れたりはしていないのだから。
それは「非在の一回性」として、どこでもない場所に、見えない亀裂を走らせる。
我々は、その痕跡だけを、鈍い衝撃と共に受け止める。
というわけで、作家の条件は、ヌーヴェルヴァーグから蓮實重彦に連なる系統においては、
従来の「作家」なるものとはある意味逆さまになっている。

ここで、未解決の問題がある。
「では、黒澤とバッド・ベティカーのどっちが偉いの?」
ということなのだが、
ゴダールも蓮實重彦も、明らかにバッド・ベティカーを称揚する側にある。
そして私も実はそうした態度に連なる一人なのであるが、
これが「永遠の真実」なのか、それともある種の時代的、地域的なパラメーターに左右される
事項に過ぎないのかは一考に値する。
というか、それを考察することを通してのみ、作家主義を相対化することが可能となるだろう。
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某掲示板に途中まで発表したきりになっていたものです。
続きを書くか未定ですが、たぶん書かないです。


 黒沢清の映画を、大ざっぱに二つの系統に分けてみる。
 一つは、役所広司を主演とする系統。もう一つは、哀川翔を主演とする系統である。いくつかの相違点が、たちどころに見て取れる。
 まず、明らかに違うのが予算規模だ。役所広司が出てくる映画は、黒沢清の作品群の中では比較的バジェットが豊富で、公開の規模も大きい(ただしテレビ映画として製作された『降霊』は例外)。一方哀川翔主演の作品はどれも低バジェットであり、一応劇場で公開はされているようだが、規模としてはVシネ相当と見なせるだろう。
 もう一つは、上映時間の長さである。これは予算規模ほど目立つ相違ではないが、非常に重要な要素である。『CURE』にしろ『カリスマ』にしろ、またこれは役所広司が主演しているわけではないが、重要な役割を果たす『回路』にしても『ニンゲン合格』にしても、それらの上映時間は100分を越えている。100分から120分の範囲に収まる、これらの映画の長さは、最近の映画の傾向の中では決して長いとは言えないけれども、黒沢映画の中では明らかに長尺の部類に入るものだ。
 一方哀川翔が主演する作品群については、さらに厳密な規則が見てとれる。『勝手にしやがれ!!』シリーズにせよ、『復讐』シリーズにせよ、作品の長さはすべて80分から85分の長さに収まっているのである。
 後述されるように、上映時間の差は、作品の本質に関わる重要な要素である。しかし、両者の系統の最も大きな相違点は別にある。それは役所広司と哀川翔の「顔」の違いなのだ。
 役所広司と哀川翔が持つ顔の相違点について語る前に、まずこの二人の役者が共通に持つ美点について述べよう。両者は完全にタイプが異なる役者ではあるが、ある種の上品さを備えた演技ができるということで共通している。二人ともに、画面内の的確な場所に身を置き、風景の一要素として全体に溶け込みながらも、その透明さによって、何ごとかを表わしうるという稀有な才能を持っている。話をわかりやすくするために極端なたとえ話をするならば、もし『CURE』や『蛇の道』の主人公を、たけしやジャック・ニコルソンのような俳優が演じていたら、全てが台無しになったであろうということだ。
 映画には、大きく分けて2種類の顔が現れる。それらの顔は、映画の登場人物の「人格」が有する、二つのタイプに対応している。その違いを、本能によってか訓練によってか理解している俳優は良い俳優であり、両者がごっちゃになっている俳優は悪い俳優である。たけしやニコルソンが悪い俳優であるのは、まさにその点においてなのだ。
 一方に、不変の「キャラクター」を持つソリッドな顔があり、他方、可変で不確定な「心理」を持つ可塑的な顔がある。ハリウッドでの前者の代表格がハンフリー・ボガートであり、後者としてはジェイムス・スチュワートの名前が挙げられるだろう。
 『脱出』や『三つ数えろ』のボギーを見てみよう。彼の行動にはたいてい躊躇というものがない。彼が身に迫る危機を察知してから、彼の拳銃が火を噴くまでのタイムラグは、正確にゼロである。つまり、ボギーが持つ「キャラクター」とは、行動に際して力学的に作用する堅固な重心にしてテコのようなものなのだ。
 一方不変の「キャラクター」ではなく、刻々と変化する「心理」を持つ登場人物は、ある状況が与えられてから、最終的な行動に至るまで、一定の猶予ないしは躊躇の時間を持つ。ヒッチコックの「めまい」や、アンソニー・マンの一連の西部劇における、苦悩するジェイムス・スチュワートがそれにあたる。このとき、アクションは、苦悩や逡巡の果ての決断、つまりは人物の「変化」として現れる。
 ボギーの低く矢継ぎ早に繰り出されるダミ声と、ソリッドで感情を表さぬ面ざし、ジミーの喉に引っかかったような高音の口籠りと、歓喜から絶望へ、そして絶望から歓喜へと瞬時に移り変わる表情、この二つのタイプは、つまるところ行動の起点としての「人格」の、映画の中での機能の仕方の相違に対応しているのだ。問題なのは、登場人物が外部の環境から刺激を与えられてから、ある行動に至るまでの「タイムラグ」の在り方である。この視点から見て、黒沢清の映画は明確に二つの系統に分かれている。
 つまり、役所広司は可変の「心理」に起因する可塑的な顔を持ち、哀川翔は不変の「キャラクター」を背後に持つ無表情を有している。それに従って、この2系統の映画群は、それぞれ質の異なる時間を生きることになるだろう。この相違は、上に提示した上映時間の相違とも密接に関係している。そして、この「二つの戦線に立って戦う」黒沢清の姿勢は、高度にプロフェショナルなものであるのと同時に、高度に「批評的」な営みでもあるはずである。

 『CURE』と『カリスマ』における役所広司は、刑事の役柄である。黒沢清自身がどこかで述べていたと思うが、作り手がよく主人公を刑事にするのは、もっぱら物語を進める上で、効率がよいからだと言える。つまり主人公が、本来自分と無関係な「事件」に巻き込まれるような段取りを踏もうとするならば、主人公が刑事であることが手っ取り早い解決策なのだ。現実世界においては刑事は特殊な職業であるが、こうした事情から、映画における刑事は、極めてニュートラルで感情移入しやすい登場人物となる。刑事が観客によって見られるというよりは、刑事の視点によって、刑事と共に、観客は事態の推移を見守ることになるのだ。
 一方、一連の低予算作品における哀川翔は、役所広司が「見る主体」であるのとは逆に、「見られる客体」であることに徹底している。全てが見事に裏返しなのだ。役所が感情移入しやすい、社会システムの中の「インサイダー」であれば、哀川は安易な共感を厳しく撥ねつける「アウトサイダー」ないしは「ルーザー」である。『蛇の道』でその無表情は最高の強度を持つだろう。
 『CURE』や『カリスマ』の役所広司が、一連の試練の果てに、ある「変化」を経て、最後の決断=アクションに至ったのであれば、『蛇の道』で、哀川翔と香川照之に起こったことは何であろうか。可変の「心理」ではなく、不変の「キャラクター」を持つ登場人物を待つのは「変化」ではない。それは「裁き」に他ならない。
 『蛇の道』や『蜘蛛の瞳』、そして『復讐』シリーズにおいては、最大の悲劇は劇中で起こるのではなく、すでに起こってしまった取り返しのつかない事態に、どう落とし前をつけるのかが問題となる。しかし、映画で語られるその後の顛末も、つまりは全ては「あらかじめ起こってしまったこと」なのだ。ゆえに下される裁きは絶対である。香川照之に訪れる残酷な結末は、様々な変転の結果としてあるのではなく、最初から決定されているのだ。
 登場人物に生起するのが、「変化」であるのか、「裁き」であるのかは、登場人物の人格を決定するのものが、見る主体である「心理」であるのか、見られる客体である「キャラクター」であるのかによるのと同時に、映画全体を規定する時間の質に依存している。

 ところでドゥルーズは、「千のプラトー」の中で、小説の三種の形態と、そこに流れる三種の時制について語っている。彼によれば、まず「コント」(小話)を規定するのは「これから何が起きるのだろう」という問いであり、「ヌーヴェル」(中短編小説)を規定するのは「いったい何が起きたのだろう?」という問いである。そして、「ロマン」(長編小説)の場合は、「生の恒久的現在(持続)が変移していく中にヌーヴェルとコントの要素を取りこんでいながら、常に現在の時点で何かが起きるようになっている」のである。
 結論から先に言ってしまうと、ドゥルーズの分類法によれば、黒沢清の作品群において、役所広司を主演とする系列は「ロマン」に分類され、一方哀川翔主演の『復讐』シリーズとその発展形である『蛇の道』『蜘蛛の瞳』は「ヌーヴェル」に分類されると考えられる。これは上映時間の長短というよりも、時間の流れ方の質の違いの問題である。(もっとも『勝手にしやがれ!!』シリーズを考察するには、この概念をある程度修正することが必要とされるだろう。)ただし、全てが「現在」において進行する映画が、ロマンとヌーヴェルという二つの形態を取りうるということには、若干の補足が必要とされるだろう。上で、『蛇の道』においては「全てはあらかじめ起こってしまったこと」だと述べた。これは、観客があらかじめ結末を知らされていることを必ずしも意味しないし、また、進行が「回想」によって行われるという必要もない。これは語り=時間の経済性の問題である。
 しかし、映画において、ヌーヴェルというカテゴリーがいかにして成立するのかを説明するには、やはり倒叙法で語られる作品を持ち出すのが一番手っ取り早いだろう。たとえば、ルビッチの『天国は待ってくれる』はヌーヴェル(中短編小説)である。
 この映画は、約100分という時間の中で、ある男の一生を描いた作品であるが、にもかかわらずこれはロマン(長編小説)ではないのだ。映画の始まりは、主人公のドン・アメチーが、死後、閻魔大王の謁見を受ける場面から始まる。つまり、映画におけるヌーヴェルの特徴的な指標である「裁き」がまず前面に現れるわけだ。全編が、閻魔大王の前で自身の一生を語る、一人の浮気男の視点から語られる。ここで注目すべきなのは、本来は混沌の連続であり、要約など到底不可能なはずの一人の男の人生が、彼の女性遍歴を縦軸として、極めてコンパクトに語られていることだ。
 つまり、ここで語られている人生は、神の裁きを待つ死者の視点から「再構成」されているのであり、彼の人生のうち、「最後の審判」に関わらない、残りの出来事はきれいに取り除かれている。この「結末から再構成された出来事の総体」が映画における「ヌーヴェル」なのだ。
 この「時間=語り」の形態は、1930年代から1950年代に至るまで、ハリウッドでの映画製作が蒙っていた政治的=経済的拘束によって、個々の作家の資質を越え、高度に洗練されてきた。倒叙法の使用如何に関わらず、ハリウッド黄金期から衰退期にわたって制作された「フィルムノワール」の映画群は、すべて本質的には「ヌーヴェル」である。これは、二つの地理的、歴史的な制約が生み出した形態である。一つは、アメリカにおける2本立て興行という上映形態が、添え物の映画(=B級映画)のほうに上映時間70~90分という厳しい制約を課した結果である。先にロマンとヌーヴェルの違いは、必ずしも上映時間の長短によらないと述べたが、にもかかわらず、不確定な現在が際限なく更新されてゆく「ロマン」という形態が、この上映時間にそぐわないものであることは明らかだろう。もう一つの制約は、これもまた歴史的、地理的に限定されるものである。1930年代から1960年代に至るまでアメリカで施行されていた、ヘイズコードと呼ばれる映画の検閲制度下では、犯罪者が無事生き残るというストーリーが許されていなかった。ゆえに、『拳銃魔』においても、『夜の人々』においても、『ハイ・シェラ』においても、『暗黒街の弾痕』においても、これら共感を呼ぶ犯罪者たちは、犯罪者という不変の「キャラクター」を担わされ、更生や再出発といった「変化」を禁じられ、おまわりから浴びせられる銃弾というあらかじめ決定された「裁き」に向かって、一時間半弱という上映時間の中を、あわただしく駆け抜けるしかなかったのである。
 そしてゴダールは、こうしたあり方を今一度反復するのだ。ゴダールの映画は、ソリッドな「キャラクター」が不確定な「ロマン」の中を駆け抜けて行くという、極めて厄介で漫画チックな構成をしている作品が多いが、蓮實重彦が指摘しているように、ゴダールの劇場公開作品は、どれも90分という上映時間におさまっている。また、その中でも、処女長編である『勝手にしやがれ』に始まって、『小さな兵隊』『女と男のいる舗道』『気狂いピエロ』『メイドインUSA』と続き、比較的長い中断の時期をはさんで『探偵』『カルメンという名の女』に至る、いわゆる「犯罪映画」の系譜においては、ゴダールは頑固なまでに「ヌーヴェル」の形態にこだわっているように思われる。それはとりわけ主人公の死という形を取って現れる。『勝手にしやがれ』と『気狂いピエロ』におけるジャン=ポール・ベルモンドの人格は、ソリッドで終始変化することのない「キャラクター」であり続け、そうした人物には突如として最後の審判が下り、それが映画の最後ともなるのだ。
 これはある意味で極めて奇妙な事態である。「映画を破壊した」とまで言われるゴダールが、ハリウッドでのB級映画製作者が蒙っていた経済的=政治的要請からは自由だったにも関わらず、長編デビュー作の冒頭でB級映画製作専門のモノグラム社への敬意を表明したばかりか、積極的にこうした「不自由」に身をゆだねているのだ。蓮實重彦はこうした身振りを「倒錯」と呼ぶ。

「装置にさからうには、間違ってもその総体を破壊しようなどと目論んではならない。その総体がますます円滑に連動しかねぬ歯車のようなものへと自分を畸型化させても涼しい顔をしていること。肝腎なのは、戦略的に倒錯すること。そして倒錯に耐えうるだけの柔軟さを見失わずにおくことだ。倒錯すべき正統的な理由など求めてはならない。とりあえずの契機がありさえすれば、もう心配はいらないだろう。ザッヘル=マゾッホを想起してみるまでもなく、倒錯とは、きまって戦略的なものではなかったか。」
(蓮實重彦『表層批評宣言』より)

 こうした、どこか宗教行事を思わせる厳格な「倒錯」を、人々はよく商業主義にくみした退廃だと見誤る。だから、一連の哀川翔主演作品において、非常に野心的な「倒錯」を試みた黒沢清に対し、時に「商業ベースに乗ったやっつけ仕事の多い」といった評価が下されるのは、これまである種の映画監督たちが蒙ってきた無理解と弾圧の歴史が、ここでまた小規模に反復されているのだといってよい。
 蓮實重彦のいう「倒錯」とは、決して「私」の嗜好に忠実であるような態度を指すのではない。むしろ「倒錯」は、ある「総体」に向かうのだ。「倒錯者」ゴダールは、決して「自分の映画」(フィルム)を撮ろうと欲望したことはないだろう。彼が夢見るのは、あくまで「ザ・映画」(シネマ)なのだ。そして、黒沢清もその無茶な欲望に連なる一人である。こうした表現者にとって、自分の「個性」などというものは、とりあえずやりすごすしかない必要悪のようなものに過ぎない、と言えば言いすぎだろうか。
 では、「一本の映画」(フィルム)を「ザ・映画」(シネマ)たらしめる戦略とはいかなるものか。それは、一本の映画にありとあらゆる要素を詰め込む、といった態度ではない。逆に、「ザ・映画」(シネマ)を目指す作り手たちとは、映像を極限まで「貧困化」させる企てを試みる者たちに他ならない。
 世の中には間違えた前衛気どりというものが一定数いて、彼らによれば、世界や人生の「本質」は、どこか奥まった、隠された場所にあるということらしい。ゆえに、彼らの仕事はその奥まった、ないしは隠された何かを探求し、暴き立てることに終始することになる。こうして過度の暴力や、性や、時には糞尿までもが前衛という付加価値を帯びることになるだろう。しかし、実は「真実」という名の最も凶暴な怪物は、「奥」ではなく、常に「表面」に棲まっているものである。それを詳細に述べたのが、先にも引用し、これからも参照することになる蓮實重彦の『表層批評宣言』であるが、ここでは黒沢清自身の言葉を引用してみよう。

「ところで、電気屋の店先に備えつけられたビデオカメラで、不意に自分の姿を撮られてしまった経験がおありだろう。陳列されたビデオモニターに自分の顔が突如大写しで浮かびあがる。あれはもうメディアでもなんでもない正に“凶暴なる何ものか”とでもいったものだ。カメラとモニターは、万年筆などではいささかもなく、全ての物語が剥げ落ちた不気味な光学的現実でわれわれを不意打ちする凶器にも思えてくる。店先の一撃は、それまで自分自身について抱いていたさまざまな物語を粉微塵に破壊する力を秘めている。あの映像を数秒以上見続けることのできる者はまずいるまい。」
(黒沢清『映像のカリスマ』)

 言うまでもなく、ビデオモニターに大写しされた自分の顔こそが「ザ・映画」(シネマ)なのだと言い募るつもりはない。しかし、この“凶暴なる何ものか”の気配を常に背後にひしひしと感じているのでなければ、人は映画を撮ってはいけないのだ。映像にとって、「豊かさ」などは虚飾に過ぎない。映像業界で発達してきた様々な技術は、実は「今目の前にある何ものか」をひたすら隠蔽するために発達してきたのだと言ってもよい。

 蓮實重彦はこう述べる。

「思考から瞳を装った瞳、つまりはそこに存在しないものしか見ない瞳を奪うこと。想像力の奔放さによって思考の自発性を語るのではなく、イメージの媒介なしの素裸の思考の自発性を生々しく生きること。」
(蓮實重彦『表層批評宣言』より)

 つまり、「ザ・映画」(シネマ)を目指す「倒錯者」たちは、無垢の映像を、自らの「個性」で、ごたごたと塗りたてるようなことはしない。たとえば、ゴダールの『映画史』で時々使用される、美しさもへったくれもない画面転換エフェクトがそれである。あれはセンス云々で語れるものではなく、まさしくビデオ映像のアーキテクチャーがむき出しになった“凶暴なる何ものか”である。それらは圧倒的に「貧しい」。
 黒沢清やゴダールの映画は、この「貧しさ」と積極的に渡り合う倫理性を有している。たとえば映画における「死」である。ゴダールの『はなればなれに』では、登場人物が「死んだふり」をする場面が出てくる。もはや私の記憶が曖昧で、その時銃に撃たれたふりをして倒れたのがクロード・ブラッスールだったかサミ・フレーだったか覚えていないのだが、地面にバタリと倒れるその演技は、劇中で「死ぬ」演技と正確に同一であり、映画ではお約束のその動作が、いかに「死」の表現として「貧しい」ものなのかを暴き立てていた。
某掲示板に投稿した文章です。

『CURE』は、役所広司によって演じられる高部という刑事が、映画における人格が持つ、
二つの様相を通過するという構成を持っている。
これは、主人公がいかにして自らの顔を選択するか、という物語なのだ。
高部は最初、不完全で不確定な、揺れ動く心理を持つ顔の持ち主として現れ、
一連の試練のはてに、ソリッドで完璧なキャラクターを持つ顔を有するに至るのである。

高部が最初に登場するシーンを見てみよう。
彼が事件の通報を受け、車で現場に向かう高部の表情を捉えた場面である。
その表情は、日常的な疲労の影がいささか兆してはいるものの、何かの感情を表現している
顔ではない。空白である。
しかしこの空白は、「無表情」という「意味」すら有さない、単なる空白のための空白なのであり、
間違っても、ビートたけしの演技のような、背後に何かを隠している思わせぶりな無表情ではない。
顔は、何かを隠すための仮面なのではなく、それ自体として充実した「表面」なのだ。顔は、
それが空白であることにおいて、圧倒的に貧しく、同時に圧倒的に充実した何ものかなのである。
そして、『CURE』では、すべての事象が、この貧しくも充実した「表面」において生起することに
なるのだ。

この事態は、仕事帰りに高部がクリーニング屋に寄った時、そこに居合わせたサラリーマン風の
男の言動において、既に明確に予告されている。
この人物は、高部の隣で品物を待つ間、下を向き、ぶつぶつと職場の誰かへと向けられているらしき
呪詛の言葉を吐いているのだが、店員が現れて品物を差し出すと、ごく自然に日常的な礼儀を備えた
態度に変わり、一礼して去ってゆく。
ここで一体何が起こっているのだろうか。この男は、誰にも見られたくない「素顔」をしばし
無防備にさらした後、再び「仮面」をかぶりなおしたのだろうか。恐らくそれは違う。ほんらい、
むき出しの現実というものは、「隠されるべきもの」や「隠さなくてよいもの」といった、
階層構造や遠近法を持たない。全ては一つの表面上の、無差別な移行として推移するのである。
サラリーマンの独語と店員への挨拶は、どちらかがどちらかを隠蔽するという関係にはなく、
顔の表面における、互いに同等の資格を有する状態Aから状態Bへの移行だと見られるべきなのだ。

この表面における等質な移行、間隙や障壁を持たない移行、摩擦ゼロの移行は、その後の場面で、
もっと端的に示されることになる。間宮に催眠をかけられた交番の駐在員は、日常的業務をこなす
一連の動作の中、それらと全く区別を持たない動きの一つとして、同僚を射殺するのだ。
これは異常な事態なのだろうか。いや、これこそが「現実」なのだと蓮實重彦は述べる。

「現実とは、それが生きられつつある瞬間には、方向を欠いた多様なる意味がわれがちにたち騒ぐ
無表情なる表層にほかならない。生きるとは、距離もなく中心もなく、ひたすらのっぺらぼうな
意味作用の磁場に身を置き、その白痴の表情と向かいあう残酷なる体験を不断に更新することだ。
そして「問題」(原文傍点)とは、その無表情な残酷さをいかにもそれらしいイメージと置きかえ、
それが欠いている方向と意味とを捏造し、ありもしない輪郭をことさらきわだたせ、世界を構成する
あまたの事物や存在とがそこへと向けて秩序だった配置ぶりを示す偽の中心を捏造する現実回避の
恰好の口実なのだ。それは、世界の無表情をそれらしい表情にすり換え、そのすり換えによって
自分自身の顔と名前とを確信しようとする、白痴の残酷さの放棄なのだ。」
(蓮實重彦『表層批評宣言』)

高部は、劇中のせりふの中で、自分の職業を、「犯罪を説明する言葉を捜すのが仕事」だと
定義している。つまり、彼の営みこそ「世界の無表情をそれらしい表情にすり換え、
そのすり換えによって自分自身の顔と名前とを確信しようとする、白痴の残酷さの放棄」
に他ならない。高部を始めとする登場人物は、皆、間宮という空白、いわば人物として体現された
「白痴の残酷さ」を「言葉」で埋めんとして、逆にそれらの「言葉」に復讐されることになる。
そう、言葉、なのだ。重要なのは、登場人物たちの欲望を構成する単位が、「心」でも「魂」でも
「脳」でもなく、発せられた「言葉」だということだ。間宮が犠牲者たちを最終的に屈服させるのは、
得体の知れない心の闇、といったものによってではなく、完璧に分節された「社会的」な言葉に
よってである。

間宮による「治療」の核心部分は、最初のいくつかのケースでは隠されているが、彼が洞口依子
演ずる内科医に相対する場面で、ついにその過程の全貌が明らかになる。間宮が内科医に囁くのは、
「女のくせに」医者となった彼女が、いかに男性優位の社会によって抑圧されてきたのか、
ということである。このように、間宮の「カウンセリング」は、常に対象者の社会的身分を
テーマとする。つまり、洞口依子をして、犠牲者の首筋に深い十字を刻ませ、そればかりかバリバリと
顔の皮を剥がさせるに至ったのは、例えば幼少期のトラウマなどという「隠された」何かではなく、
あくまで、彼女と社会との関係性という、徹底的に「深み」を欠いた、きわめて「表面的」な
事柄なのだ。
ゆえに、間宮は高部のことを、名前ではなく、常に「刑事さん」と呼ぶ。
間宮は高部にこう語りかける。

「仕事と私生活を分ける。それがあんたのやり方だ。刑事としてのあんたと夫としてのあんた。
どっちがほんとのあんたなんだ」

間宮はこのように、高部の持つ二つの社会的身分、つまり彼の「刑事」と「夫」という二つの
「役割」に対して、辛辣な論評を加える。恐るべきは、これらの言葉の持つ暴力的な「通俗性」である。
これらの言葉は、決して高くも深くもない。間宮は、ラジオの人生相談コーナーのように、
きわめてありふれた「物語」を語るのにすぎない。
では、「ほんとうのあんた」なる、これ以上通俗的な言葉もあるまいと思われるフレーズを、
無造作かつ暴力的に連発する、間宮なる怪物が棲息しているのは、一体どのような地点なのか。
間宮は過去と未来を失い、時間というものを、現れては消える「現在」の果てしない連鎖としてしか
認識できない男である。
その現在の連鎖は、空白の連鎖とも言えるし、また逆に、まったき充実の連鎖とも言える。
というのは、空白や間隙を抱えているのは、社会的ポジションと固有の歴史を持つ、刑事にして夫の
高部のほうだからだ。
間宮は、先ほどのせりふに続いて、こう言いきる。

「どっちもあんたじゃないよな。ほんとのあんたはどこにもいない」

この空白や間隙が、高部の慢性的な苛立ちを生み、それは折にふれて、突発的な暴力という形で現れる。
カメラはそうした発作的な暴力を、いささか居心地の悪いポジションから切りとって見せる。
そう、間宮を収監した精神病院の独房を高部が訪れる場面で、激昂した「刑事さん」を捉えるカメラの
ポジションとサイズは、ちょうど我々が、駅や往来や職場で、たまたま他人のケンカに居合わせて
しまった時の視点と一致しているのだ。
しかし、このように突き放した視点が取られているにも関らず、やはり映画の主人公は高部である。
こうした場面も、いわば高部の「顔」の延長と言ってよい。高部が時々くりだす暴力は、何の結果を
生むこともないという意味で、「行為」の名には値しないからだ。これらの行為は、目や口元や眉の
動きと同様の、微小なものにすぎない。彼が初めて「行為」の名にふさわしいアクションを行うのは、
映画のほとんど終盤に至ってからである。
「刑事」と「夫」という役割を持つ社会のインサイダーであり、揺れ動く「心理」を持つ登場人物
である高部は、ある「変化」を経て、別の何ものかに生まれ変わる。つまり、彼は間宮のいう
「本当の自分」を見出したのだ。では、この「本当の自分」とは何か。
本当の自分を見つけることとは、社会的な関係性の網から作り上げられた自分という名の物語から開放され、
より「本質的な」自己に達するということなのだろうか。
おそらく、それは誤りだ。むしろ、「本当の自分」を見いだすということとは、身体に張り巡らされた
社会的関係の編み目を縦横に駆け抜ける複数の欲望に対して、序列や遠近法を一切持ちこまず、
それらの欲望を、一つの同じ平面において、摩擦ゼロで交互に駆け巡らせるということなのではないか。
そして、この「平面」こそが顔であり、「現実」であり、「世界」なのではないか。
高部はまず間宮を殺し、これによって「刑事」として分節され、抽象化され、その存在に空隙を
埋めこまれていた自己を「脱構築」し、さらに妻を殺すことによって、「夫」として分節されてきた自分を
同じく「脱構築」する。(ここで笑ってはいけない。)黒沢清が映画でポストモダン批評のパロディを
行ったと言いたいのではない。高部の行為こそ蓮實重彦のいう「批評」そのものなのだ。

「「生」とは、喪失や崩壊が世界に局部的にうがつ過渡的な陥没点を根気よく念入りに埋める作業によって
無意識に消費されるのではないし、ましてや過去の不幸な体験の記憶に厳しく耐えてみせる英雄的な行為
でもなく、刻々と表情を変えながら決してもとの顔には戻ることのない充実した過剰の戯れが世界にもたらす
畸型的変容と向かいあい、その愚鈍の残酷さに心から脅える資質を身につけてゆくことにほかならない。
そして、そのはてに「生」と距離なしに接しあった「死」へと自分を譲りわたそうとする荒唐無稽な試み
なのである。だからこそ、「現在」(原文傍点)の徹底した無表情に深く恐れながら、「問題」(原文傍点)
による「生」と「死」との抽象化にさからわねばならないのだ。
(『表層批評宣言』)

高部は今まで、刑事として、夫として、「喪失や崩壊が世界に局部的にうがつ過渡的な陥没点を根気よく
念入りに埋める作業」によって人生を浪費して来た人間である。それが、どことも知れぬ廃墟での、
ある逆転現象によって、完全に孤立した、しかしそれゆえに宇宙と一体化したかのような、得体の知れぬ
怪物に生まれ変わる。
しかし、彼はどこか彼岸の高みにいるのではない。彼はあくまで「表面」に止まるだろう。
おそらく彼は刑事という職業を止めないだろうし、再婚すらするかもしれない(新しい伴侶を、なんの
躊躇もなしに殺すことはあり得るが)。
ラストシーンのレストランで、何の屈託もなく、食事をうまそうに口に運ぶ高部は、もはや揺れ動く
「心理」は持たず、存在が即「行為」であるような、完璧な「キャラクター」を有する存在となった。
同時に彼は、観客が同一化する「見る主体」であることを止め、永遠の謎である「見られる客体」と
なった。この移行は、きわめて「死」に似ている充実した「生」であり、きわめて充実した「空白」
である。

「何ものかがそれを埋めればたちどころに空白であることをやめるような相対的な空白など、多少は
人を恐れさせ苛立たせることはあっても、やがては思考が手なずけることの可能ないささか気の荒い
家畜のように他愛のないしろものだ。真に恐ろしいのは訓致しがたい野獣のように獰猛な絶対的空白、
世界に理不尽な変容をもたらす充実した過剰としての積極的な空白、なにやら動物めいた愚鈍さで
こちらの反応を無視する残酷な空白ではないか。それは、誰もが知っているはずの世界を、不意に
名前もなく顔もないのっぺらぼうな環境へと変容させ、そしてそれと向かいあう存在に、その白痴の
無表情を共有せよと迫る愚鈍の残酷さともいうべきものだ。そこには、欠落とか間隙とか距離とと
いった受身の消極性は何一つなく、全てが積極的で充実しきっている。そして、あらゆるものが、
「知」や行動の規範としての階層的秩序を無効にしながら、われがちに存在へと攻撃をしかけ、
視線から距離感を奪うべく視界の表層へといっせいに浮上してくるさまは、ただもう荒唐無稽という
ほかはない。その充実しきった過剰ぶりが演ずる荒唐無稽の戯れこそ、我々の日々の体験としては
もっとも親しい具体性としての現在という瞬間である。」
(『表層批評宣言』)

これがCUREのラストで起こっていることの全てである。
 
 
  2007年04月01日 日曜日 午後11時16分、アパートにて
  『カルメンという名の女』
  ジャン=リュック・ゴダール監督 フランス映画 1983年

 
 
  映画のラストの有名なやりとり。

  カルメン「あれは何と呼ぶの? 一方に罪なき人、一方に罪ある人…」
  ホテルのボーイ「存じません、お嬢様」
  カルメン「探すのよ、バカ」
  ボーイ「存じません、お嬢様」
  カルメン「皆が全てを失敗しても、陽は昇り、呼吸する空気がある…」
  ボーイ「それは暁と呼ぶのです、お嬢様」

 
  つまり、恐れのない目で見れば、全ては美しい、ということだ。
  その中でも、とりわけ人間は美しい。
  その冷淡さも、愚鈍さも、美しい。不能であることすら、美しいのだ。
  ゴダールの映画があれば生きて行ける。
  しかしゴダール本人は、劇中でこんな台詞を吐く。

  「美は耐えなければならない恐怖(テロル)のはじまりなのだ」
  
 
  2007年2月11日 月曜日 深夜、アパートにて
 
 
 昨夜は久しぶりに小津安二郎の『東京暮色』を見た。
 F・ラングの『暗黒街の弾痕』やN・レイの『夜の人々』に比すべき「暗黒映画」の傑作であることを、改めて確認する。
 ただしヒロインの有馬稲子の傍らには、クローベット・コルベールに対するヘンリー・フォンダや、キャシー・オドネルに対するファーリー・グレンジャーのような、地獄行きを共にする片割れがいない。
 それが小津の世界なのだ、と思う。
 
Bringing up baby by Howard Hawks 1938


*某掲示板で、「蓮實重彦は優秀な輸入屋に過ぎぬ」という内容の書き込みがあり、それに反論する形で、ここ数日書き連ねた文章です。

 二つのハワード・ホークス論、ジャック・リベットの「ハワード・ホークスの天才」*1と、蓮實重彦の「ハワード・ホークス、または映画という名の装置」*2を続けて読む。
 いくつかの共通点がたちどころに浮かび上がってくる。まず二人のキャリアの中で、比較的初期に書かれた評論だということ。そして、両者共にある種の時代思潮に抗う形で書かれたということである。
 二十数年という年月によって隔てられていながら、二つの論文をめぐる状況は、ある意味でよく似通っている。簡単に言えば、1953年のフランスにおいても、1977年の日本においても、ホークスは多少は器用だが、つまるところ凡庸な娯楽映画監督だとみなされていたのであり、こうした扱いへの苛立ちが、両者が書かれる原動力となっているのである。
 ここでは確かに、「輸入者」蓮實という視点が十分に成り立ちうる。フランスでのホークス評価の先鞭となったリベットの論文を蓮實が意識していなかったことはありえないし、直接の影響を受けていると思われる表現も実際に散見される。リベットの指摘したホークスの「連続性へのこだわり」という考え方をさらに純化し、洗練させたのが、蓮實の提示する「逆行」「交換」「捕獲」といった概念であることは、二つの論文を読み比べれば容易に見て取れるのである。両者は良く似ているというよりは、ある意味相互補完的である。一方で萌芽の形でのみ存在する概念が、他方では十分に展開されている。逆もまた真である。つまり蓮實は、リベットの論文で「未だ言われていないこと」のみを用意周到に選択しているのだといってよい。
 しかしここに蓮實の「オリジナリティ」を見るのも、逆にその欠如を見るのも、両者共に殆ど意味のない態度だといえよう。一般的に職業的な研究者が先人の影響を受けないことはありえないし、またそれらの影響に対して自意識を働かせないこともありえないからだ。重要なのは、これほど緊密な影響関係にありながら、両者の論文が全く異なる思考様式のもとに書かれていることである。一方は特権的な視点から特権的な言葉で特権的な事態を描く。しかし他方は、誰にでも共有しうる視点から、誰にでも共有しうる言葉で、特権的な事態を描こうと試みるのだ。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 リベットの「ハワード・ホークスの天才」はこう書き出される。

「明白さとは、ホークスの天才の目印である。『モンキー・ビジネス』〔53年〕は天才の映画であり、その明白さによって有無を言わさず見るものの精神を納得させてしまう」

 この文章自体が、有無を言わせぬ調子というか、石つぶてでも投げ込むような攻撃性と性急さを帯びている。こうした戦闘的なスタイルは、この時期のカイエの同人達に共通のものだ。ヒッチコックやホークスを持ち上げることは、当時の映画業界にとって、挑発的だったどころか、スキャンダルに近いものですらあったらしい。彼らは新参者の常として、事あるごとに大声をあげ、まず結論から先に叫ばなければならなかったのである。
 成りあがり者の常套手段はもう一つある。それは、既存の伝統的な価値観を可能な限り味方につけるというものだ。今、私の手元にある『ユリイカ』のヌーヴェル・ヴァーグ30年特集号に収録されている評論の中でも、ゴダールはダグラス・サークの『翼に賭ける命』を「映画がフォークナーにひけをとらないことを示したのはこれがはじめてなのである」*3と断言し、シャブロルはヒッチコックを「バルザック、ドストエフスキー、ベルナノスらが半ば失敗した企てに見事成功した」*4と持ち上げ、リベットも当の評論の中で、「(ホークスの)『赤い河』や『コンドル』の血縁として挙げられるべき人は、コルネイユをおいてほかにはいない」と述べている。香具師の口上といってしまえばそれまでだが、彼らはそのような戦術を是非必要としていたし、またそれらの固有名詞は、権威付けの為に持ち出されたというよりは、ある直接的な「威力」となって拳のように打ち下ろされるのだ。むしろ我々は、ヒッチコックやホークスと一緒に、これらの先人をも「発見」するのである。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 一方、蓮實は、まさにこうしたやり方すべてに「逆行」するのだ。「ハワード・ホークス、または映画という名の装置」の書き出しはこうである。

「ハワード・ホークス的「作品」とは、透明なあまり視界に影すら落とそうとはしない不可視の装置である。どこまでも澄みわたって視界をさえぎることもなく、また尋常な瞳にはとうてい捉えきれないほどに巨大な空間を占有する精密な玩具である」
 
 一見して韜晦的な文章である。カイエの同人達のハングリー精神は微塵もない。だが、蓮實が、世に出た当時から現在に至るまで誤解を受けてきた理由は、これらの言葉の連なりの中に、何か特殊で、余人には図りがたい「意味」があるのではないかと(あるいはそう見せかけて人を煙に巻いているのではないかと)、あらぬ勘繰りをされてきたことにある。事実はまるで逆なのだ。「透明」は単に透明なのであり、「不可視」は単に不可視なのだ。それらの言葉は背後に何も隠してはいない。それらは「美的な」言葉でも、「詩的な」言葉でも、「哲学的な」言葉でもなく、単なる「言葉」なのだ。その意味で、これらの言葉は、「一枚のレインコートはレインコートに、一丁の拳銃は拳銃にそっくりのイメージをかたちづくっている」*2ホークスの映画そのものに限りなく接近することになる。

「(…)ホークス的な挑発性は、(…)日常的な言語の制度化した安定を擾乱することで詩的言語とやらの復権を目論んだりはしない。日常言語と詩的言語といったすでにそれ自体が古典的な対立を越えて、詩的言語の挑発性と呼ばれる概念そのものを挑発し、その無廃を宣言するのだ。つまりそれは、詩人の存在そのものを撃つ透明な挑発性なのである」

(蓮實、前掲書)


 これは、別の場所で、批評家たるものは「嫉妬のあまり映画そのものを模倣するまでに至らねばならない」*5と述べる蓮實にふさわしく、まさに蓮實の批評のマニフェストにもなっている。ではなぜ、ホークスの映画は一見誰にでもわかりやすく、一方、蓮實の文章は「難解」なのか?それを明らかにするために、再びカイエの同人達の言葉に戻ってみよう。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


「敢えて言ってしまえば、運命、神々しいもの、悪魔的なるものといった、あらゆる偉大な作品の品質保証として通用している観念こそ、クロード・シャブロル、ジャン・ドマルキ、フランソワ・トリュフォーが、ヒッチコックにおいてもそれが認められることを異口同音に説き、はっきりと示してみせようとするものなのである」

(エリック・ロメール「誰のせいなのか?」*6


「知的で厳密な映画作家でありながらも得体の知れぬ力や魅惑の力の塊であるホークスの中には、秩序立った錯乱に惹かれるゲルマン的天才が潜んでいる」

(リベット、前掲書)


 翻訳文特有の混乱を別にすれば、これらの文章はわかりやすい、というか、とりあえず何か分かったような気にはさせられるのである。なぜなら、ここで使われている、「運命」「神々しい」「悪魔的」「知的で厳密」「得体の知れぬ力」「魅惑の力」「秩序だった錯乱」「ゲルマン的天才」といった言葉たちは、とりあえず何らかの特殊な深みというか、特殊な「価値」を有するイメージを、漠然とではあれ、直ちに読む者に喚起するからだ。それらは、フォークナーやドストエフスキーやコルネイユといった固有名詞が喚起するイメージと同様に、カイエの同人達がよりどころにしているものである。「明白さとは、ホークスの天才の目印である」という文章を目にしたとき、われわれは、それに同意するか否かはさておき、「明白さ」「天才」といった言葉が漠然と抱かせるイメージを共有しつつ、それらのイメージがさらに垂直に深まって行き、今は隠されている特殊で複雑な地点で焦点を結ぶことを期待する。つまり、「じゃあホークスはどういう意味で天才なの?」「明白さってどういうこと?」という「問い」が生まれるのだ。この、次第に奥まって行く垂直の運動をたやすく追うことができれば、その文章はやさしいということになり、逆に困難を伴えば難解であることになる。
 ところが蓮實とホークスは、自らの作品から、こうした「深み」を徹底的に排除するのだ。できあいの、共有された深みも、特殊で深遠な深みも、共に排除されるのである。そこからホークスの古典的で透明な画面の連鎖と、蓮實の迂回に迂回を重ねる文体が生まれる。それらはやさしくもなければ難解でもない。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 ではそこで一体何が起こっているのか?一言で言えば、映画においても、批評においても、「運動」が生じるのだ。各々の画面や言葉はもはや、背後に読み取られるべき思想も感情も隠してはいない。それらは垂直に奥まって行く神秘的な存在であることをやめ、ただお互いどうしの水平の関係を生きるのだ。その関係は、抽象性や一般性に還元されることのない、ひたすら具体的なものである。この具体性こそが運動なのだ。重要なのは、これらの運動は、ホークスのそれであれ、蓮實のそれであれ、「誰にでも見える」ということである。それらを追うのに、知識も想像力も体験も必要とされないのだ。逆にいえば、蓮實の文章を読んだり、ホークスの映画を見るときには、知識も想像力も体験も、まるで役に立ちはしないということである。ごく乱暴に言い切ってしまえば、蓮實の文章を追うのはそう難しいことではない。幼児がお話の続きをせがむように、ひたすら「それから?それから?」と言葉の連なりをたどってさえいれば、行き着くべき場所に到達するような仕組みになっているのだ。ただし、間違っても、途中で立ち止まって、「これはどういう意味?」などと尋ねてはならない。レインコートがレインコートでしかなく、拳銃が拳銃でしかないように、言葉は言葉でしかないのだから。
 しかし、蓮實の批評の言葉の連なりと、ホークスの映画の画面の連続は、ある地点で決定的に袂を分かつことになる。言葉はある時、光に眩惑されたように、はたと歩みを止めてしまうのだ。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


「みずからの「生」を決して見ることがないように、誰もホークス的「作品」を見たりはしない。「死」とは秩序の崩壊ではなく、凝固することで変容を逸した均衡にほかなるまい。ホークス的循環装置は、その無限の交換によって均衡の成就をたえず一瞬さきに伸ばすことで宙に吊られる、来たるべき透明な「作品」なのである」

(蓮實、前掲書)


「つまり「批評」とは、不可視を可視の世界に引きずり出したり、未知を既知によって解明したりすることではなく、みずから白痴の表情をまとって「制度」の一劃にかたちづくられる時ならぬ事件を生きざるをえないものの、絶対的な畸形性を前にした不条理な苛立ち、欠語をむなしく宙に放出するしかない無力感、そしてその苛立ちと無力感とを外気にさらすことでみずからの崩壊を受け入れながら、積極的に他者の生成に加担してしまう自分自身への深い驚きだ、ということである」

(蓮實重彦 「表層の回帰と「作品」」*7

 注目すべきは、常に「過剰なるもの」との遭遇を説く蓮實の言説に、いかに「欠如」を示す語彙が豊富に用いられているかということである。「宙に吊られる」「来たるべき」「透明」「苛立ち」「欠語」「無力感」…。カイエの同人達が「ホークスは偉大である」と宣言する同じときに、蓮實は「ホークスは不在である」と述べるのだ。
 ここには二重の操作がある。第一に、言葉を可能な限り貧困なものとすること。あるいは言葉そのものの貧困さを露呈させること。次にその貧困化された言葉に「敗北宣言」をさせることである。ある意味でこれは「出来レース」以外の何ものでもない。時には敬虔な宗教劇を、時には陰惨な復讐劇を思い起こさせる、この「弱者の言葉」によるドラマに、蓮實の魔術の一切がある。
 つまり、蓮實がある時期、あれほどの追随者や模倣者を生み出したのは、彼が特権者による特権的な言葉を語っていたからではないのだ。事態はまるで逆である。むしろ特権者による特権的な言葉は、たとえばゴダールのそれやジョナス・メカスのそれ、あるいはブレッソンのそれのように、徹底的に孤立すべく運命付けられるだろう。一方蓮實が語るのは、アルカイズムや蛮勇を最後のひとかけらにいたるまで抜き取られ、去勢された、つるんとした言葉である。学者の言葉であり、平等主義の言葉であり、民主主義の言葉であり、ニーチェのいう「終わりの人」ならぬ「終わりの言葉」である。そして蓮實はわれわれの耳元でこうささやく。「これこそわれわれの言葉だ。君らの言葉だ。いや、誰のものでもない「匿名」の言葉だ」と。そして「作品」は、それらの言葉が潰えた極限に初めて現れるのだと。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 私は何も蓮實が詐欺師であると主張したいわけではない。逆に言いたいのは、蓮實はたゆまぬ努力の人だということであり、他人にも常に努力を要求しているのだということである。今ネットでちょっと面白いテキストを見つけたので、少し長くなるが紹介する。蓮實が映画の学校で講義をした時の採録らしい。タイトルは「映画は個性的でない人によってつくられる」というものである。

「もう一つの問題もあります。それは、ここのような映画の学校で何を教えるべきなのか。何をというのは講義の内容ではなく、何になれと教えているのか、ということです。ここにはさまざまな科の生徒さんがおられるということですが、わたくしの大原則は、間違っても個性的であろうとするなということです。自分は個性的だと思っている人が、世界の、人類の、99.9パーセントであるとするなら、間違ってもそんな連中を真似してはいけない。ですから、断固、個性的たろうすることをやめなければいけない。なぜなら、映画は個性的ではない人によってつくられた、という大原則が存在しているからです。「映画の父」といわれるデヴィット・ウォーク・グリフィスは決して個性的な天才ではない。ごく普通の監督でありながら、それ以前には存在していなかった「映画作家」として自己を開花させた、ということです。個性的な才能という点をとってみれば、シュトロハイム、等々、他にもっともっとたくさんいるでしょう。だが、なぜグリフィスが「映画の父」といわれているかというと、彼が普通の映画作家だったからなのです。普通の映画作家であったということは何を意味しているかというと、与えられた条件の中で自分自身の表現をどこまで高めていくかという、いわば、最良のための努力をたえずしていた監督であるわけです。ゴダールのような人でさえ、最良のための努力をたえず行っている。「相対的によりよい表現がある」ということ、これは幻想かもしれません。だが、それを信じなくては映画は成立しません」(2006年4月1日)
http://www.eigabigakkou.com/speak/index.html

 ここには「教育者」蓮實重彦の真髄がある。この講義に先立つこと四半世紀前にも、「顔と記憶と名前を失って充実した匿名性の中に埋没することは、自分を虚構の存在になぞらえつつ主体の維持を錯覚することよりはるかに困難ないとなみなのだ」*8と述べている彼は、彼のいう「擬似冒険者」には徹底して手厳しい。

「あらゆる「制度」に蔓延している怠惰な事実誤認、それは、「未知」なるものはいまここにはなく、したがって見えてはいないと信ずることであり、そんな「貧しい」確信が、「未来」だの「彼方」だの「深さ」だのを捏造してもっと奥、もっと遠くへと困難な距離を踏破して進まんとするあまたの擬似冒険者を生み落とすのであり、そうした楽天的な魂たちは、自分に最もふさわしい仕草を、「未知」なるものを「既知」なるものへと移行させんとする「発見」の旅だと信じて疑わない。だが、存在が真に有効な視線を欠いているのは、まさしく、いまこの瞬間に、ここにあるものをめぐってなのであり、そのとき瞳を無効にされた存在は、『彼方』を見やって視力の回復をはかるのではなく、むしろ自分自身の瞳を積極的に放棄して、『既知』と思われた領域の一劃に不意に不可解な陥没点を現出せしめ、そこで、いまこの瞬間に、ここにあるものと接しあいながら、もはや自分自身には属さない非人称的な瞳を獲得して、世界を新たな相貌のもとに把えることになるだろう」(斜体は原文では傍点)

(蓮實重彦 「言葉の夢と「批評」*9



Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 長々と引用した二つのテキストは、それぞれ相互依存する二つの軸に対応している。一つは「匿名性」=「主体性」の軸であり、もう一つは「いま、ここ」=「彼方または奥」の軸である。ここで注意すべきなのは、今しがた等号で結び付けられた2項の間の道筋が、「制度」の内部において「連続」しているという点なのだ。人は瞳の焦点を、地平線の彼方から自分の足元にゆっくりと移動させることができるし、日常の中で仮構された「主体」もまた、例えばある映画のある場面に接した瞬間などに、つかの間であれ、「匿名性の中に埋没する」機会を有するのだ。蓮實はこうした姿勢を「困難ないとなみ」だとは言うが、「不可能」だとは決して言わない。蓮實はただこう言うのである。「努力せよ」と。
 つまり、「教育者」蓮實が、その著作の中で、繰り返し提示しているのは、「絶対」に到るための「相対的な」道のりなのだ。権利上、その道は「誰でも」巡ることができるのである。迂回に迂回を重ねてのたうつ文体は、その漸進的な軌跡に他ならない。しかしその向かう先はといえば、畏敬の対象とする他には料理の仕様もない、まったき闇やまったき光なのだ。道はそこにたどり着くゼロ秒前で断ち切られる。「絶対」は、一瞬、「不在の輝き」を放ったかと思うと、その絶対/相対の陰鬱なシステムが作り上げる「事象の地平線」の彼方に没し去ってしまうのだ。蓮實の著作は、「その先」については何も答えてはくれない。
 そこから何が生まれたか?模倣者の際限のない饒舌と、もう少しおひとよしで生真面目な連中を襲った失語症である。しかし、これはいささかアキレスと亀のパラドックスに似た事態なのではないか?あるいは、『女と男のいる舗道』の中で、ブリス・パランがアンナ・カリーナに語った『三銃士』のエピソードを思い出しても良いのかも知れない。そこでは、ある男が、「なぜ右の足と左の足が交互に前に出るのか」という問題で悩みだし、その結果一歩も歩けなくなって命を落とすのである。彼はものを考えることによって死に至らしめられたのか?いやむしろ、彼は「制度=物語」に殺されたのだといってよいだろう。
 蓮實はことあるごとに、自らの著作もふくめ、全てが「物語」なのだと、全てが「制度」なのだと説く。しかしこれは両刃の剣なのだ。いつしか蓮實の「物語」は、「世界」という名の唯一の「物語」であるかのような相貌を呈しはじめたからだ。おそらく、この「栄光と退廃」は、「リュミエール」の発刊あたりで始まったのではないかと思われる。もう詳しく述べる気力がないが、『映画に目が眩んで』に始まるジャーナリスティックな批評における、蓮實の「転向」ぶりは驚くほどのもので、例えば「ゴダールの『パッション』は、世界で初めての絵画を翻案した野心的で美しいフィルムである」*10といったタイトルなどは、一見蓮實が「カイエ・デュ・シネマ」の同人たちのスタイルを模倣したかのようである。しかし、ここで行われているのは異なる価値観の間の「闘争」ではなく、均質な環境のもとでの「啓蒙」に過ぎぬのだ。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 では、「われこそ世界である。絶対に向けて、相対的に努力せよ」と抑圧にかかる強大な「物語」に対して、いかに振舞うのか。
 私の回答は簡単である。「唯一の真理」がないのと同様、「唯一の物語」というものも存在しないのだ。物語は複数存在する。
 例えばそれは、徹底して断片に止まろうとするゴダールの物語でも、一切の自己反省を排して縷縷と語りつづけられるドゥルーズの物語でも何でも良い。人は、とにかく何かを「具体的に肯定する」必要があるのだ。それがたとえ愚行であれ。「絶対」を前にした硬直症には、「ある物語」が、「ある思考」が有効である。それは「正しい」物語である必要も、「唯一の」思考である必要もない。そのときに勇気を与えてくれるのが、「カイエ」の同人達や、ニューヨークの実験映画作家らが持っていたアナーキズムなのだ。例えば、ジョナス・メカスは、ジョン・フォードの作品をこのように褒め称える。

「彼の最新作<ドノバン珊瑚礁>を見てくれ。二千年たって、ナイルの砂漠の中から、こんな映画が掘り出されることを想像してみてくれ!」

(ジョナス・メカス『メカスの映画日記』*11


 泣いたね。俺は。これを初めて読んだとき。蓮實に徹底的に欠けているのは、この無垢なのだ。しかし私は、最後にメカスを引き合いに出して蓮實を貶そうというのではない。蓮實の批評は決して過去のものではない。その一見遊戯的な文体にぶら下がっている陰鬱さは、映画や世界と向き合うある時期には是非とも必要なのだ。ひとは一度は「世界」を背負って苦しまねばならぬ。しかし、それは到達点ではなく出発点なのだ。ニーチェのいう「三段の変化」でいえば、蓮實の批評はちょうど「らくだ」の時代にあたるのではないかと思われる。ひとはある日、蓮實の『映像の詩学』なり『表層批評宣言』なりを叩きつけ、「知るか馬鹿野郎!」と吼えて「獅子」となるのである。しかし、人生は一方向に進むのではなく、何度か「回帰」するものなのだ。「獅子」から「赤子」へ、そして再び「らくだ」へと螺旋を描くように戻ってくるのである。そのときに再会する蓮實の書物は、全く見知らぬ相貌をしているだろう。正にこのようにして、カイエの同人達と蓮實の評論は、互いに循環しつつ、そのたびごとに別の表情をあらわにするのである。蓮實のホークス論を通過して、再びリベットの「ハワード・ホークスの天才」と相見えるとき、その結びの言葉は、以前には隠されていた新たな輝きを帯びるはずだ。

「ホークスは歩くことによって運動を明らかにし、呼吸によって生を明らかにする。在るものは在るのである」

(了)


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


*1
「ハワード・ホークスの天才」
ジャック・リベット 『カイエ・デュ・シネマ』誌 1953年5月号
翻訳:鈴木圭介 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*2
「ハワード・ホークス、または映画という名の装置」
蓮實重彦 『映像の詩学』 筑摩書房 1979年
初出:『國文學 解釈と教材の研究 臨時増刊 映像と言語』 1977年06月号

*3
「優雅にして的確―ダグラス・サーク『翼に賭ける命』」
ジャン-リュック・ゴダール 『アール』誌 1958年8月6日号
翻訳:奥村昭夫 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*4
「悪を前にしたヒッチコック」
クロード・シャブロル 『カイエ・デュ・シネマ』誌 1954年10月号
翻訳:野崎 歓 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*5
「映画と批評」
蓮實重彦 『映画 誘惑のエクリチュール』 ちくま文庫版 1990年 p358
初出:『新映画辞典』 美術出版社 1980年

*6
「誰のせいなのか?」
エリック・ロメール 『カイエ・デュ・シネマ』誌 1954年10月号
翻訳:野崎 歓 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*7 
「表層の回帰と「作品」」
蓮實重彦 『表層文化宣言』 ちくま文庫版 1985年 p78
初出:『展望』誌 1975年6月号

*8
「映画と批評」 既出 p356

*9
「言葉の夢と「批評」」
蓮實重彦 『表層文化宣言』 既出 p42
初出:『展望』誌 1975年2月号

*10
「ゴダールの『パッション』は、世界で初めての絵画を翻案した野心的で美しいフィルムである」
蓮實重彦 『映画に目が眩んで』 中央公論社 1991年 p48
初出:『ブルータス』誌 1983年 (号数不明)

*11
「ジョン・フォードの芸術について」
ジョナス・メカス 『ヴィレッジ・ヴォイス』誌 1963年(号数不明、記事には8月1日の日付がある)
翻訳:飯村昭子 『メカスの映画日記』 フィルムアート社 1993年改訂版 p91



がんばりました。でもなんのために?
 
ルパン三世 カリオストロの城より

『ルパン三世 カリオストロの城』
宮崎駿 監督 東京ムービー新社 1979年

 美少女キャラが売り物の宮崎アニメではあるが、彼の全作品中で私が一番好きな登場人物はなんといっても『未来少年コナン』のダイス船長で、その次がカリオストロ伯爵なのである。この時期の宮崎駿は、明らかに、これら働き盛りのおっさんたちに切実な自己投影をしているのだ。彼らを通して、本来作り物の世界であるアニメーションの只中に風穴が穿たれ、そこからふと現実が顔を覗かせる。そのわずかな息吹によって、むしろ作り事の世界は、見るものの胸をしめつけるような鋭角の生気を帯びはじめるのである。
 『未来少年コナン』では、ダイスとモンスリーのおっさんおばさんコンビが、コナンの破天荒な活躍を背後で支えていた。「現場監督」としての重責を負いながら、組織のさらなる上層部には頭が上がらないという、彼らの抱える中間管理職独特の鬱屈や悲哀は、そのままアニメーション製作の過酷な現場を指揮していた宮崎駿の偽らざる実感だったはずである。
 『カリオストロの城』では、銭形警部がそのへんの「おっさんの悲しみ」を随所に振りまいていて泣かせるが、私が一番胸にぐっと来るのは、カリオストロ伯爵が偽札の原版を作る部下に指示を与える、ごくさりげない場面だったりする。
 原版にルーペで職人的な眼差しを注ぎ込んでいた伯爵は、「質が落ちてる」とつぶやき、受注に対して生産が追いつかないと訴える部下に対して、「やり直せ。納期も遅らせてはならん」と低い声で言い捨てる。このときの伯爵の顔は、一国一城を構える悪の主領というよりは、納期に追われる中小企業の社長の疲弊したそれであり、スケジュールとクオリティーとの板ばさみになって苦しむアニメーション監督のそれなのだ。
 ところが、宮崎アニメが世間から認められるにしたがって、作品の中からは、こうした生々しい矛盾や葛藤が失われてゆく。それがあらわになってきたのは『魔女の宅急便』あたりからで、ヒロインが自らの職業を選ぶという物語でありながら、ここではいわゆる「大人の事情」なるものがほとんど姿を消してしまっているのである。続く『紅の豚』では、おっさんはついに現場放棄をし、文字通り楽隠居の豚と化してしまった。そのせいか知らないが、私は宮崎アニメがこれほど退屈な代物に成り果ててしまったことに、暗澹たる気分で劇場を出たことを覚えている。続く『もののけ姫』も技術だけが肥大したスカスカの大作にしか見えなかった。『千と千尋の神隠し』には、少しはっとさせられる場面はあったが、あの世界全体が主人公の夢か遊園地のようなものであり、最初から完全に毒気を抜かれてしまっていることがいかんせん物足りなかった。結局、少女達やお姫様たちの苦しみや闘争は、宮崎駿本人にとっても絵空事に過ぎないのだろう。
 だから、宮崎駿の巨匠への足取りは、おっさんやおばさんの身を切るような現実の葛藤が、環境問題だの自分探しだのといった、少女達の華々しくも、その実去勢された偽りの葛藤の陰で、徐々に磨耗し、消滅して行く過程でもあったのだ。
 『カリオストロ』のころの宮崎は、王女様を救う無責任なアウトローではなく、王の地位を狙わんと、腹に様々などす黒くも悲しい苦悩を渦巻かせていた摂政の側にいたはずである。もちろん、歳月と共に人は変わるし、変わらなければいけないものなのでもあるが、私は『カリオストロ』を見直すたびに、ギトギトと脂染みていたころの宮崎駿を深く悼むのである。


ルパン三世 カリオストロの城より
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『夏の庭 The Friends』
相米慎二 監督 讀賣テレビ放送株式会社 1994年


 12年前に書いたものです。ちょっと用事があって、古いワープロを引っ張り出してあれこれやってたら、ひょっこり出てきた文書です。あのころからちっとも成長していないなあとつくづく思います。

 縁側に胡座をかいて座り、西瓜を口一杯に頬張りながら、少年は日焼けした顔の中で白々と輝く瞳を左右に向け、ついで上を見やる。その瞬間、ぱらぱらという正体不明の音が響く。奇妙に張りつめた時間の中で、彼は訝しげな表情を、何かほっとしたような笑顔に変え、上を向いたまま良く透る声で「雨や」と言う。その声を合図にしたように夕立が降り始め、スクリーンには涼しげな空気が漂い始める。
 それにしても、少年は、視線を上方に向けたとき、確かに雨を見たのだろうか。むしろ、彼は何も見てはいなかったのだと言うべきなのではないか。「お引越し」の中で、天に向かって「いただきます」と呼びかけた少女のまなざしが、すでにこう告げていたはずだ。スクリーンの外側に仮定され、想像されるいかなる存在も――それが人物であろうと、自然現象であろうと、たとえ人智を超えた何ものかであろうとも――、視線が存在し、なおかつその対象が不在であるという厳密な事実がもたらす畏怖すべき豊饒さには、決して及びはしないのだと。
 だから、少年の頭上で響いた妙に乾いた音は、決して「雨音」として自らの現在を生きていたわけではない。「雨や」という言葉は、その音が時間の中に完全に消え去った後に発せられたものなのだ。それは、雨がまだ雨として存在を始める零秒前にそうであったもの、何ものでもないと同時に、何ものでもありえたもの、雨でもありえたし、ピンポン球の跳ねる音でもありえたし、豆の鞘のへたを千切る音でもありえたものなのだ。その直後に顕在化された雨は、この主語をもたぬ運動、この生の最も純粋な形態が、一瞬で弛緩し、物質化したものに他ならない。そのような、零秒のうちに閃き出る絶対的な生は、全く同時に零秒のうちに弛緩し消滅する死でもある。だから、重要なのは「夏の庭」が死をテーマとしたり、死を表象したりしていることではなく、死がそのまま映画の運動のジェネレーターとして提示されていることなのだ。
 そして、そのような飽和した生=死が現れるのは、瞳が視線を持ちながら盲目となる瞬間においてでしかない。言いかえれば、そのとき視線は、その対象に収束することなく、肉体の運動と同様に、あるいはそれにも増して、自ら充実した運動となるのだ。キャメラは瞳と、それが目の当たりにしている光景を同時に捉えることができない。この宿命的な限界が、隠蔽の対象ではなく、映画の生命そのものとなるとき、瞳はあらゆる存在と瞬時に関係を結び、それらを選別し、そこに価値の序列を打ち立てるような保護者のそれではなく、盲目の孤児のそれとなる。孤児の瞳は何も見ない。何も保護せず、何ものによっても保護されない。しかし、そのような瞳こそが、全ての存在を肯定するのだ。

 孤児の視線が何ものをも保護しないとすれば、あらゆる存在もまた、各々の孤児たる他はない。例えば、三國連太郎は、まだ少年たちの観察の対象であった時には、むしろ彼らの懸命な凝視の焦点から外れた地点から登場することが多い。彼は、少年たちの背後から、あるいは側面をつく形で、少年たちの当面の関心事とは全く無縁に、生い茂る緑の中からぬっと現れる。しかもこれら雑草や木々は、事物を遮蔽する障壁としては極めて曖昧模糊とした存在なので、われわれは、彼の肉体の最初の断片が、光学的存在としてスクリーンに現れた瞬間を知ることが出来ない。また、戸田菜穂は、雑草を綺麗に抜き取られて暖色の肌を晒している地面に、少年たちが種を蒔き終え、ホースで水を掛け合っている最中に登場するのだが、白い日傘が、庭と道路を隔てる板塀に沿って植えられた木々の間からチラチラと見え隠れしていたときも、その曖昧な登場ぶりを支えていたのは、スクリーン上の人物の視線でも、われわれの視線でもなく、当の日傘そのものでしかない。彼女は、三人の少年の担任の教師なのだが、彼女が去った後に、三人の主人公の一人であるデブの山下によって律義に説明されるまでは、彼女の正体は皆目分からない。吹き上げられたホースの水が中空に描き出す虹を見て、彼女があげる感嘆の叫びも、教師らしさといったものからは限りなく遠いものなのだ。つまり、彼女もまた、自分自身以外の何ものによっても根拠付けられないということにおいて、確かに孤児たちの饗宴への参加資格を与えられているのだ。ついでに言えば、淡島千景もまた、自他の関係を視線で繋ぎ止めることのできない人物である。彼女の視線が初めて焦点を結ぶのは、すでにこの世にない人の上なのだ。 つまり、「夏の庭」において、あらゆる存在は、視線によって待ち望まれた決定的な瞬間といったものを常に奪われ続けていると言ってよい。人は孤児としてふと現れ、孤児としていつの間にか立ち去って行く。三国の死もまた、三人の少年たちの瞳にとって(そして恐らく本人にとっても)、全くの不意打ちとして訪れる。だからこそ、死は、生の相対的な消失としての虚無に堕することも、想像上の彼岸に属することもなく(両者の間にどんな違いがあろう)、少年たちに決定的で不可逆な痕跡を刻み込むことによって、絶えざる生のざわめきに合流して行く。
 そのような世界においては、存在と存在の間には、いかなる序列も生じえない。運動し、語る人物。それを受け止める人物。カラフルに塗られた短冊をくるくる回転させる風鈴。偶然に画面をついとよぎる小さな昆虫。黄昏の光を受けて輝くコスモスの花。それら全てが同じ資格で存在しているのだ。「同じ」とは、均等さを意味しない。全ての存在が、自らの各々の瞬間ごとの生=死以外の何ものにも縛られぬ状態をそう呼ぶまでのことである。「夏の庭」が、以前の相米映画を支えていたような特権的な存在や瞬間に乏しいと思われるとすれば、それは、演出が失敗しているからでも、その力が相対的に衰えているからでもなく、むしろそれがもはや人物と事物の垣根すら越えて、奇跡的なレベルにまで徹底されているからだ。しかし、そんな世界を隈なく目の当たりにできる瞳などは存在しない。「夏の庭」は、その容赦なき肯定によって、見ることとは、それ自体充実した不可能な試みに他ならないということを、抜き差しならぬまでの明瞭さで示してみせる。保護者の視線が支配の能力を無条件に与えられているのに対して、孤児は、あくまで愛する権利を所有しているにすぎないのだ。この困難さは、映画の中の人物のまなざしも、それを見るわれわれのまなざしも、等しく耐えなければならぬはずのものだ。それにしても、後者の方が、より強く、敗北を運命づけられているのは確かなようだ。

 だが、この映画には、確かに一つの特異点が存在している。それは他でもない、三人の少年が庭の隅の枯井戸を覗き込む場面なのだが、そこでは、生=死は、時間の流れに一瞬で呑み込まれたりはしない。そもそも、そこでは「流れ」としての時間が存在しないのだ。このアイリスに酷似した時空では、生が、なかんずく死が、無限に引き伸ばされて存在しているのである。しかしそれは、井戸が、物語の上であの世とこの世を結び付ける回路としての機能を担っているからではない。事態はまるで逆なのであって、ここに起こっている奇跡は、またしても厳然たる事実に属しているのだ。晴れやかな表情であの世の人に別れを告げるとき、「文学的」に表現すれば無限の暗闇を覗き込んでいるはずの3つの視線は、明かに、有限の距離にある一点、すなわちキャメラのレンズ上に焦点を結んでいるのである。では、彼らは何を見つめているのか。
 それらの視線は、仮想上の冥土に向けられているのではなく、われわれの視線と相対しているわけでもない。彼らは何も見てはいないのだ。彼らの瞳の焦点は、実はキャメラのレンズ上にあるのですらない。なぜなら、空間の中に位置を持つ広がりゼロの点であるはずの光学的な焦点が、矩形の平面へと無限に引き伸ばされているのだから。視線は永遠に盲目たる他はない。時間は流れない。キャメラに向けられた視線こそが、孤児の瞳の盲目性を決定的に露わにし、スクリーンが「窓」ではなく「壁」であることを暴露するのである。その瞳たちは無慈悲に優しい。ここで、井戸の深さは、単なる距離であることを止め、より禍々しく豊饒な何かに姿を変えている。それは、生者と死者との、視線とその対象との、キャメラと被写体との、そしてわれわれとスクリーンとの、空間的な距離には決して還元されえない絶対的な距離なき距離なのだ。その飽和した断層は、絶対的な生=死として、全てを隔てるがゆえに、全てを開示するのである。われわれもまた、盲目の孤児なのだ。
 しかし、われわれは、スクリーンを隔てた対称性によって、自らもまた孤児であることを自覚するわけではない。むしろ、ここでは見るということの決定的な盲目性、非対称性が最も純化された姿で現れているということにおいて、彼ら三人の孤児たちと、同じく孤児たるわれわれがある不可能なまなざしを交わすのである。井戸に向かって放たれる叫び声や、大きく手を振合う仕種は、孤児同士の交わす厳しい肯定の身振りに他ならない。それは、われわれの瞳をスクリーンとの幸福な合一に導いたりはせずに(それこそが保護者の身振りでなくてなんであろう)、むしろ身を守る術とてない吹き曝しの荒野に突きやるのだ。そこには誕生や、成熟や、老化や、それらの死は存在しない。つまり、生の物語も、虚無としての死も存在しない。ただ、全ての個々の存在の運動が、個々の瞬間における生=死のみが時空を超えて谺し合っているのだ。かつてゴダールは言い切った。「いい映像や悪い映像があるのではなく、ただ映像があるだけだ」と。瞳が憩う場所など、もともとありはしないのだ。だとすれば、「映画の死」なども一つの虚構に過ぎないのだろう。しかし、それをひ弱な冗談だと笑いとばす資格を持つのは、肯定することの苛酷さに身を晒し続けることのできる者だけなのは間違いない。
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『修羅雪姫 怨み恋歌』
藤田敏八 監督 東京映画 1974年


 ところで、ひとが己や世界について、ふと何かを垣間見てしまう瞬間というものは、決まって孤独なとき、それも弛緩や放心の時ではないか。
 こんなことを思ったのは、この映画の冒頭の殺陣シーンを見ていた最中である。修羅雪姫にふんする梶芽衣子が、林の中の一本道を歩きながら、群れをなして襲い掛かってくる刺客を仕込み刀で次々と倒して行く。カメラは延々と後退移動をしながら、木の間から白じらと注ぐ真昼の光の下、半ば放心したような足取りで歩いてゆく梶芽衣子を、正面から受け止め続ける。彼女は周りを取り囲む男どもの存在などはまるで眼中にないように、ふらふらと孤独な歩みを進める。獣じみた荒い息を吐きながら、彼女の前後で身構える男たちからも、殺気というよりは、やるせない疲労感が漂ってくるようだ。ときおり、思い出したように男の中の一人が輪を抜けて彼女に切りつける。そのたびに蛇の目傘に仕込まれた細い刀身が短く閃き、派手に噴き出す血しぶきとともに、男はどうと倒れるのだ。しかし、不思議と耳に残るのは彼女の下駄の立てる淋しげな足音ばかりである。長廻しのカメラの前に、けだるい、延々と続く白日夢のような時間が、生のまま投げ出されている。
 この場面をだらしないと評してもそう差し支えはないのだ。殺陣に冴えがあるというわけではなし、だいいち梶芽衣子がそんなに強そうには見えない。エキストラの暴漢どもの動きも、どこか投げやりで、素人臭くさえある。もっとも、この緩みぶりは、この映画に限ったことではない。この時期の映画は皆おしなべてこんなものなのだ。いわゆる五社体制の崩壊によって、各社の撮影所で培われてきた技術と伝統は失われ、今まで緊密な職人芸によって隅々まで埋められてきたスクリーンを、白痴めいた空白や隙間があらゆるレベルで侵食してゆく。そしてそれは、ほんの数年のうちに起こった出来事なのだ。その崩壊がいかに決定的で致命的であったのかは、例えば同じ三隅研次が監督した60年代の『座頭市』シリーズと70年代の『子連れ狼』シリーズを見比べれば素人目にも明らかだろう。
 藤田敏八が頭角をあらわしてきたのは、ちょうどこの日本映画の崩壊期にあたる1970年前後のことである。そして、彼において、日本映画は吹きさらしに放置された孤児としての己を見出すのだ。彼の演出の過激な「だらしなさ」において、映画は生まれて初めて裸の自分と出会ったのである。
 梶芽衣子の殺陣シーンは、映画がついに自らの裸の姿と出会ってしまったことからくる、鈍い覚醒感としか形容のしようのない充実した空白で満たされている。空白そのものが確かな肉体を獲得しているのだ。その空白の中で、梶芽衣子は何ものにも保護されていない。例えば彼女の傍らに藤純子の姿を置いてみればよい。1972年に一度「引退」している藤純子と梶芽衣子とは、年齢もキャリアも数年の差しかない。にも関わらず、二人は全く異なる時代を生きた女優なのだ。藤純子は最初から最後まで撮影所システムに保護された女優である。緋牡丹のお竜は、いくら刺青を晒したところで、決して裸の自分などというものに出会いはしなかった。映画は自明の環境として、常に彼女の全身を親密に包んでいたのだ。一方梶芽衣子はその映画がほころび、破れ目を急速に広げていたころに活躍した女優である。藤田敏八は、その白じらとした空虚の中に、梶芽衣子を裸で置き捨てる。この苛烈な美しさを前にすれば、劇中飛び交う血しぶきなどは物の数ではないのだ。日本映画の70年代を見あやまってはならない。それはチープな過激さにけばけばしく装飾されながら、実は映画が自らの裸体と一番のっぴきならぬ形で対峙した時代なのだ。
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『アウトロー』 THE OUTLAW JOSEY WALES
クリント・イーストウッド 監督 アメリカ映画 1976年


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『獣兵衛忍風帖』
川尻善昭 監督 マッドハウス 1993年


 川尻善昭とイーストウッドはほんの少し、似ていると思う。両者共に大人でストイックなのである。川尻善昭は日本のアニメーション監督の中では抜群の演出力を持ちながら、宮崎駿や押井守や庵野秀明らに比べると知名度が低い。なぜなら彼の作品には、大向こうを狙ったテーマ性のようなものもなければ、個人的な思い入れを誘うような細部もないからだ。『獣兵衛忍風帖』はただひたすら面白いだけなのである。川尻の高度な演出力は思想だの感傷だのには見向きもせず、もっぱらアクションの緊密な連鎖のみに全力を注ぐのだ。このいさぎよさによって、作品は世界の中途半端な真似事たることを免れて、かえって独自の宇宙を作り出している。しかし、この宇宙の言葉はわれわれの住む世界の言葉に翻訳するのがきわめて困難なのだ。ゆえに、良くも悪くも現実世界に片足を残している『もののけ姫』や『攻殻機動隊』や『エヴァンゲリオン』が止め処も尽きぬ饒舌を生み出しながらもてはやされる一方で、『獣兵衛忍風帖』はせいぜい良くできたエンターテインメントとして片付けられてしまうのである。
 これは、イーストウッドをめぐる状況とよく似ている(もっともイーストウッドは『許されざる者』以降、ようやく優れた映画作家として世間からも認められ始めてはいるのだが)。『アウトロー』はアメリカ建国200年を記念して製作されたということである。映画はそれにふさわしく、南北戦争を背景としていたり、インディアン(最近は「原住民」と表記せねばならないらしい)の迫害の歴史が語られたりもしている。しかしそれでも『アウトロー』はつつましく「ただの西部劇」に止まりつづけるのだ。この寡黙な美しさは、決して世の中に流通する言葉を生み出したりはしない。ちょうど映画のラストで、賞金首として伝説化された自らの名前を葬り去ったジョージイ・ウェールズのように、『アウトロー』は匿名の、裸のままの映画なのだ。
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『鶴八鶴次郎』
成瀬巳喜男 監督 東宝 1938年


 この時期の山田五十鈴の美しさはただ事ではない。
 彼女の長く充実した芸歴の中でも、二十歳前後という、表情から未だあどけなさが消え切らない年齢と、幼少時から教え込まれた芸に培われた身のこなしとが、すれ違いの一瞬に目配せをしあって、永久に遠ざかって行く、そんな輝かしくも切ない、特別な季節である。
 さらにもう一つの偶然のタイミングが、彼女の美を完璧なものにしている。それは、この時期に最初の絶頂期を迎えた日本映画界の撮影技術に他ならない。彼女の細長い卵型をした純白の顔にかかる柔らかな陰影に見ほれていると、時折その唇の間から、さらに白く輝く歯が太陽のようにこぼれ出る。肌が直に微光を放っているような、この透明な質感は、カラー撮影では到底得られるものではない。この作品を最初にスクリーンで見たときは、本当に数日間うなされたものだ。今回は残念ながらビデオの小さな画面だが、それでもその時の記憶をたどることは十分できるのである。
 しかし、約1時間半という持続の中で、絶えず移り変わる山田五十鈴の表情の、あらゆる瞬間のあらゆる細部を見逃すまいとする欲望には、ついに混じりけのない陶酔が訪れることはない。その欲望の裏側には、常にかすかな息苦しさ、胸騒ぎが貼り付いているからだ。われわれは、刹那の美に出会うとき、それが目の前にある瞬間にあってさえ、あらかじめそれが失われてしまうことの予感に貫かれて苦しむのだ。ましてや映画は「毎秒24コマの死」なのだから、映画において美に出会うことは、実は悲しみに満ちた残酷な体験なのだ。
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『勝手にしやがれ!! 黄金計画』
黒沢清 監督 ケイエスエス 1996年


 ふと気が付いたこと。
 黒沢清の映画には、子供じみた行動を取る人物は多数登場するが、子供そのものが登場することは殆どない。黒沢清にとって、子供はあくまで演じられる対象であって、演じる主体ではないのだ。この映画で行われるどんな逸脱や悪ふざけも、明確な意識のコントロールを介さないものはない。カメラはそれらの行動を、終始距離をおきながらとらえつづける。この無邪気を装った諦念というか、不遜な退行現象は、例えばホークスの『モンキー・ビジネス』や『紳士は金髪がお好き』などを思い起こさせる。ホークスも知性の人だった。知性は子供に向かって成熟するものなのかもしれない。
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『江戸の悪太郎』
マキノ正博 監督 日活京都 1939年


 単なる偶然だが、昨夜見た『駅馬車』と同じ年に製作された作品である。
 『駅馬車』と比べれば、なんともでたらめでいい加減な映画だが、マキノとフォードに共通して言えることは、サイレント時代からキャリアを始めた監督の映像による造形力や構成力は、トーキーしか経験していない監督のそれとは比べものにならぬほど力強いということである。彼ら古武士は画面そのものに語らしめる術を熟知していた。カメラは、轟夕起子が柱に背中をもたれかけさせている姿を少し遠くからとらえる。するとそのショットが愛の表現になってしまうのである。こんな芸当ができるのは、やはりマキノくらいではないか。あるいは轟夕起子と嵐寛寿郎が、傘貼りの内職をしながら噛み合わない会話を交わす場面を思い浮かべても良い。画面の手前に円い傘の骨組みを配するだけで、滑稽なやりとりがたちまち愛の予感を帯びるのである。これらは今やわれわれから永久に失われてしまった魔術なのだ。映像が技術と共に進化しているなどというのは嘘っぱちである。映像が音声を獲得したことにより払われた代価はあまりに大きい。
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『駅馬車』 STAGECOACH
ジョン・フォード 監督 アメリカ映画 1939年


 きわめて幾何学的な映画であり、同時にその幾何学があらゆる瞬間に裏切られ続ける映画でもある。
 映画は、例えそれがどんな駄作や凡作であれ、人間の知覚の限界を遥かに凌駕する情報量を持っている。
 ある一本の映画のあらゆる細部を知覚し、記憶しうる知性などは存在し得ないのだ。
 しかし、そういった映画の不可知性をじかに目の前に突きつけてくる映画は稀である。
 不可知の瞬間を呼び寄せるには、完璧な知性が必要とされるからだ。
 『駅馬車』はこうした希少な瞬間に満ち溢れている。
 ジョン・フォードは奇跡を待つ知性、というか、最後の瞬間に奇跡によって裏切られ、凌駕されるためだけに存在する知性の持ち主なのだ。
 『駅馬車』は人類には美しすぎる。映画は人類には偉大すぎる。
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『麦秋』 小津安二郎 監督 松竹作品 1951年

 『山の音』と『麦秋』は、両方とも鎌倉を舞台にしている。
 それにしても、この二つは本当に同じ土地なのだろうか。ここに描かれているのは実は別の宇宙ではないのか?
 両作品共に、鎌倉そのものの情景描写はそう多くはなく、物語は大抵家庭という限られた空間内で起こる。しかし『山の音』においては、登場人物たちが何度となく行き来する長々と続く竹垣の道が、その場所一つで鎌倉という土地のエッセンスを映画全体に波及させていて、見るものに登場人物たちの家庭の外部に広がっている空間をごく自然に納得させる。小高い鎌倉の山々をすぐ背後に控え、あの丈高い垣の中に閉ざされて、影の多いあのドラマは進行するのである。
 一方『麦秋』はどうか。そこに現れる風景を思いつくままに挙げれば、由比ヶ浜に打ち寄せる波を捉えた冒頭のショット、いかにも観光名所然とした鎌倉の大仏、家出した兄弟が歩いてゆく海岸沿いの国道、駅のプラットフォーム、踏み切り、家の前の路地、あとは鳥かごの背後に立つ山の背を捉えた挿入ショットくらいだろうか。しかしこれらの情景はどれも、鎌倉固有の表情を示しているというよりは、むしろ極度の抽象化によって、ほとんど匿名の空間と化してしまっているように見える。それらは現実の場所であるには、あまりにまばゆすぎるのだ。露光しすぎた写真のように、そこに残されているのはいくつかの輪郭線にすぎない。原と三宅邦子が語らう浜辺も、ただ浜があり波が打ち寄せているというだけで、太平洋岸であればどこでも構わないのではないかと思われる。また、原の部屋を訪れた淡島千景が、こんな所に住みたいとしみじみ語るのだが、そう語る彼女の背後の窓からは隣家の壁しか見えないのだから、むしろこれは相当人を喰った態度だといわねばなるまい。
 しかし、このように根っ子を欠いて浮遊する空間には、何か懐かしい匂いがしないだろうか。地理的、社会的、家族的関係の文脈が織り成す網目から解き放たれ、匿名のままで、ただそこに在る風景。それは、ごく幼い子供が生きる世界に似てはいないだろうか。彼らは、曲がり角や壁の向こうに何があるのかを知らず、何かがあるだろうという事さえも考えない。彼らには過去も未来もない。永遠に続く現在のみがある。彼らにとって、自分の家は名前をもたぬ単なる家であり、そして唯一の家である。もちろん『麦秋』が子供の視点から描かれているなどと主張したいわけではない。しかし、子供の即物的な視線は、無機質なキャメラの眼にきわめて近い場所にあるのだ。例えば『麦秋』の兄弟にとって、耳の遠い祖祖父は、尊敬を受けるべき年長者ではなく、紙と一緒にキャラメルを反芻する草食動物のようなものに過ぎないのである。
 おそらく、子供に対する視点は2つある。一つは子供を大人に至る段階の一つと見なす視点である。つまり、子供とは未完成の大人に他ならない。これは一般的で、成瀬も共有している態度である。もう一つは、子供はそれ自体全きものであって、大人とは本質的に異なる、独自の世界を持った生き物だという考えである。小津がこの思想の体現者であることは、『突貫小僧』や『生まれてはみたけれど』を見れば明らかだろう。
 『麦秋』の幼い兄弟の最大の関心事は、鉄道模型のレールを買ってもらえるかもらえないかという事である。彼らは、『山の音』の出戻り娘の連れ子と何と違っていることか。彼女はまだ幼いながら、現在不幸であるばかりか、この先もずっと不幸でありつづけるだろうという逃れがたい運命が、あらかじめ額に深く刻印されているかのようである。彼女は長じて、杉葉子が演じる山村聡お付きの事務員のような女になるのだろうか?あの仮面のように硬直した白い顔の奥で、黒目がちの瞳だけギラギラと光らせて、ただ醜悪な世界を眺めているような女に?しかし彼女はいまだ発言権を持たず、情景の一つであるばかりで、ドラマの本筋に介入することはない。いわば彼女は登場人物たちの社会的=家族的力学関係が成すヒエラルキーの末尾に、子犬のように、辛うじてしがみついているだけの存在なのだ。
 一方『麦秋』においては、物事の重大さを区別するヒエラルキーがそもそも存在しないのである。出来事は原節子の縁談話からレールを買ってもらえないことに憤慨した兄弟の抗議行動へと、何の分け隔てもなく連鎖してゆく。むしろ、父親との口論の果てに長男が畳に投げつける食パンが、映画全体の中で最も暴力的なショットとなって、見るものの瞳をうつだろう。
 この違いには一見平凡な説明がつくように思われる。つまり、これは基本的には平穏無事な中流家庭の物語と、崩壊の危機にさらされている家庭の物語との違いなのだ。子供をかまってやれる状況と、そうでない状況が生み出す差なのだと。この説明は、確かに間違ってはいない。おそらくここで、小津の題材選択の「ブルジョア的」態度に対する批判が起こりもするのだろう。しかし、これは映画の構造そのものに関わる問題なのだ。映画にじっと目を凝らせば、小津の世界に対する眼差しは、ブルジョア的であるどころか、むしろアナーキストのそれに近いことが分かる。そして、小津の映画においては、子供こそがそのアナーキズムの体現者となり、拡散する光の徴を帯びるのである。
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『山の音』 成瀬巳喜男 監督 東宝作品 1954年

 小津安二郎と成瀬巳喜男について、この場を借りて考察してみたい。フォルムの問題はひとまず置いておこう。まず、小津と成瀬の人物の造形と演出を比べてみる。

 成瀬であれば、ある人物とはその出自と歴史そのものだと、とりあえず言っていいかと思う。これは成瀬に限らず、多かれ少なかれ大抵のドラマに当てはまる言葉でもあるのだが、成瀬はこのテーゼを見事に映画的に結実させた数少ない一人だと言うことはできる。成瀬の映画ほど出身地不明の風来坊に縁遠い環境はない。登場人物は端役に至るまで、その社会的、経済的な環境と、その中でどう生きてきたのかが、最初の一瞥で分かるような造形がされている。そして、それぞれの人物の転変=歴史が、そのまま映画の物語と一致している。大抵その転変=物語はペシミスティックで、結末は現状の肯定か諦念か悲劇かであって、主人公の主体的な努力が新しい展開を生むといったカタルシスはまずあり得ない。感動を生むのは、登場人物たちにこうしてやり切れぬまでに蓄積された歴史が、彼らの表情や立ち振る舞いに刻む陰影である。その極北が「浮雲」だと言ってよいだろう。高峰秀子も森雅之も、戦時中の己の歴史に裁かれるかのように、ゆっくりと、しかし有無を言わせぬ足取りで滅びてゆく。
 例えば、成瀬の「山の音」の家族の情景を眺めてみる。
 夫のつれなさと浮気に苦しむ原節子。その夫である身勝手でどこか虚無的な上原謙。彼に既に家督を譲り、家族の崩壊を傍観するほかはない山村聡。そして母親と子連れで家を出てきた小姑。二人はそれぞれに、卑小だが、それゆえにますます癒しがたい悲しみを抱えている。片方の傷は未だ生々しく、片方のそれは久しく諦めのベールを被っている。演出が、照明が、キャメラが、至る所に陰影を、空洞を、距離を、空間に彫り込んで、それぞれの思いを抱えた登場人物たちの姿を文字通り「浮き彫り」にしている。
 ここで唐突に小津の「麦秋」に目を転ずる。すると、先ほど丹念に彫り込まれた陰影が、眩い光によって全て埋め立てられて、平坦になってしまったような印象を受ける。
 例えばこれは一体どういうことなのか。映画の最後の方で、原節子の上司の佐野周二が、別れの挨拶に訪れた彼女の前で、いきなりヒャハハハハッと、ヘンな笑い声を立てる。で、このヘンな笑い声は、いささかの演技的な意味もニュアンスも帯びていない。この人物の出自も、歴史も、性格も、心理も説明しない。ただ佐野周二が、ヒャハハハハと変な声で笑った。それだけである。もしかしたら森雅之も、笑うときはヘンな笑い方をするのかも知れないが、成瀬も、その他の殆どの監督も、こういう意味のないノイズは排除し、劇中人物の造形に相応しい特徴のみを「彫り出して」画面と音声に残すだろう。しかし小津は、そのようにして出来た空隙を、むしろ再び埋め戻してしまうのである。
 成瀬に限らず、古典的なドラマの時空間においては、ドラマに奉仕する重要性の度合いにしたがって事物が選択され、秩序立てられ、それに奉仕しないものは排除される。極端な話、深刻な場面で何の意味もなく役者がクシャミをすれば、それはNGとなるわけだ。
 通常の意味での優れたシーンとは、本来ただの混沌に過ぎないこの世界に対して、役者の演技と照明とキャメラとが全力を挙げて夾雑物を排除し、ある方向性を抽出することによって成立する。重要なのは、この操作が本質的には足し算ではなく、引き算であることだ。キャメラはフレームで回りの世界を排除する。照明とは光と影によって、のっぺりした素材の空間を彫り抜くことである(これは、成瀬の逆光気味の空間には、特によくあてはまるテーゼだ)。役者は、どうだろうか。確かに彼らは無から有を作り出す。しかし、それは無限の選択肢を持つ運動のバリエーションから、ただ一つの動きを選択することによってである。それらの作業によって、世界は初めて沈黙を破り、あるいはわめき続けるのをやめ、「人間的」になって、何かを視覚的に語りはじめる。驚くべきことに、人はそのようなシーンを「リアル」などと呼んだりもするのだ。
 また、編集技術やフェードのような技術も、混沌から有意味な時空間を彫り出すのに奉仕するものであることは言うまでもない。さらに言えば、人間の知覚そのものが、そのような選択と排除に基づいており、映画の歴史とは、本来選択も排除も行わない機械の眼を、何とかごまかしごまかし、人間の目に近似しようと努力をして来た歴史に他ならない。
 ところが、小津はこう静かにつぶやくのだ。
「俺には、こんなゴマカシは容認できない」と。

*しつこく某掲示板のお蔵出しシリーズです。これはかなりの長文なので、何回かに分けて掲載する予定ですが、結局尻切れトンボで終わっているので、これを機に加筆して完結させようかなと思っています。
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『清作の妻』 
増村保造 監督 大映作品 1965年


 3年ほど前に、某掲示板に初めて投稿した長文です。そのときの話題は、増村保造と谷崎潤一郎が共通した資質を持っているか否かというようなものだったと思います。「その1」と「その2」でトーンががらりと変わっていますが、たぶん「その1」を読んだ論争相手から、文体についてなにやら文句を言われたせいだと思います。よく覚えてませんが、たぶん「冗長だ」とか「わかりにくい」とか言われたのでしょう。確かに久々に読み返してみると、我ながらかなり読みづらいので、少し手を加えました。あまり代わり映えはしませんが。(笑)

その1

 『清作の妻』を恋愛映画と呼びうるだろうか。
 恋愛映画が、男女が出会うことによって、彼らが愛や幸福を獲得したり失ったりするドラマだとすれば、この作品は恋愛映画ではないとひとまず断言しておこう。愛や幸福は、大抵の恋愛映画にあっては、ある種の財貨のような動きをする。それらはあらかじめ欠乏していたり、ふいに贈答されたり、逆に失われたりするのだ。
 しかし、『清作の妻』の主人公、かねを演じる若尾文子は、何ものも欠いてはいない。彼女は貧困ゆえに若くして妾に出され、その後も様々な酷い運命に翻弄されるのだが、最初から最後まで、彼女の魂は何も失いはしなかったし、余分な何かを得ることもない。映画の冒頭、彼女が高台から造船所を見下ろすショットから、すでに若尾文子はひとつの全き存在である。彼女は海から吹き上げる風に髪をほつれさせ、造船所が唐突に立てる騒音に顔をしかめる。その顔面の白い肌と黒い瞳は、肉体の一部というよりは、光学的な魂とでもいうべきだ。白黒の画面は、その統一されたトーンゆえに、魂の持続を表すのには最も適した媒体なのだ。それにふさわしく、若尾文子はいつも無表情で一本調子である。
 我々は確かに泣いたり笑ったりするだろう。しかし、我々の魂の在り様そのものは、泣いたり笑ったりはしない。泣くときも、笑うときも、魂は常に同じ基調低音を奏で続ける。これが魂と心理の違いである。カラーには心理が、つまりその時々の状態が現れる。白黒には存在が、つまり魂が現れる。醜くあれ、美しくあれ、魂は持続する。『清作の妻』はひたすら若尾文子の魂が描く孤独な軌跡を追いつづける。この徹底した孤独に比される映画が他にあるとすれば、ブレッソンの『少女ムシェット』くらいだろう。

その2

 こんばんは。
 たしかに夕べのレスは自分で読み返してもチト暑苦しいですな。
 まあ、真夜中にしたためる手紙って、往々にそうなるよねってことでご容赦を。
 じゃあ、さくっと書いちゃいますと、『清作の妻』においては、確かに近代に対する一女性の反抗が描かれている。それは間違ってはいないと思います。しかし、映画の中では、決して快楽や恍惚が至上の価値として置かれているわけではない。むしろ男女の肉体的な愛は、主人公の行う高度に倫理的で残酷な選択の「賭け金」としてのみ、価値をもっているように見えます。これは谷崎とは根本的に異なる態度ではないでしょうか。
 かねと清作の、幸福であるべきふれあいのシーンにおいて、かねはむしろ、切迫する不安に常に怯えているように見えます。そしてそのような場面では、必ずメランコリックで単調な音楽が途切れることなく続いているのです。つまり快楽は、更なる孤独と試練への前奏でしかない。さらに快楽は、かねの全世界を敵に回した闘争への賭け金である以上、常に喪失の危機にさらされているのです。さらにいえば、愛すらもまた、魂の行動への賭け金にすぎないのではないか。
 ところで、『清作の妻』と谷崎潤一郎の『春琴抄』には、共に主人公が眼を突いて失明に至らしめる場面があります。でも、両者の意味合いはかなり異なっているように思えます。
 『春琴抄』では、主人公佐助は、主人である盲目の三味線師、春琴の顔が傷つけられた時、それを見られたくないという春琴の願いを永遠に成就すべく、自分の眼を突きます。

「…程経て春琴が起き出た頃手さぐりしながら奥の間に行きお師匠様私はめしいになりました。もう一生涯お顔を見ることはござりませぬと彼女の前に額づいて云った。佐助、それはほんとうか、と春琴は一語を発し長い間黙然と沈思していた。佐助はこの世に生まれてから後にも先にもこの沈黙の数分間程楽しい時を生きたことがなかった…」

 件の場面をそのまま引用してみました。これは性交のシーンではありませんが、二人の人物の心を隔てる垣根が完全に取り払われ、快楽と幸福という、元来そうそう簡単に交じり合う性質にない二つの要素が、奇跡的に一つに溶け合っている(余談ですが、マックス・オフュルス監督の『快楽』という映画のラストの台詞は「しかし幸福は快楽とは違うのです」 というものです)。
 一方『清作の妻』で、かねが清作を兵役から逃れさせるために、出征の日に彼の目を突く場面では、事情は大きく異なっています。彼女は国家と夫の名誉に逆らって、すべてを賭した選択をする。この選択は衝動的なものとして描かれてはいますが、同時にかねにとっては逃れることのできない必然的な選択だったはずです。しかも彼女の行動は、とうてい清作の理解の及ぶものではない。増村は、愛というものに対してこう考えているように思われます。愛は、恍惚でも幸福でも理解でも官能でもない。それはひとつの魂の行動原理であり、その孤独な軌跡だと。つまり、ある決断とアクションなのだと。
 ラストでは、清作は刑務所から戻ったかねを理解し、許します。しかしその相互理解は、たった一度の口づけといった瞬間の官能を通して得られたものではなく、苦痛を極めた経験の末に得られたものです。そして二人は「村から逃げたら負けだ」という倫理観の元に、苦痛と屈辱に満ちた生活を死ぬまで続けて行くのです。

 結局長々と書き連ねてしまいましたが、まあ許してください。ついでに結論じみた感想を書かせてもらえれば、今述べたことは、増村と谷崎の資質の違いということに止まらず、おそらく映画と文学の本質的な違いをも示しているのではないでしょうか。
 『清作の妻』においては、映画はひたすら若尾文子の立ち振る舞いを追いつづけます。彼女の走る姿、けだるげに寝転ぶ姿。そしてぶっきらぼうに時々吐き出される艶消しのアルトの声。彼女のアクションとそれに対するリアクション。映画の骨子はそれだけです。彼女を取り巻く人物たちが、やたらに泣き、大笑いし、大言壮語し、怒号を張り上げるのとは対照的に、彼女は必要なことしか喋らず、自分の魂に照らして必要な行動以外はとりません。つまり、これはある意味で、ハードボイルドなアクション映画だといってよいのではないでしょうか。一方、谷崎の小説にあっては、官能によって達せられる永遠がその頂点をなしている。つまり、そこでは空間や時間、人間の行動といったものは全て廃棄されてしまいます。いずれも、互いの分野では不可能なことではないでしょうか。谷崎は魂がひとつに溶解するさまを描く。『清作の妻』はひとつの魂に寄り添い続ける。
 ..と、あなたの質問をよそに、延々と私の魂の状態を書き綴ったわけですが、まあ所詮そういうものなのです。人は結局孤独なのだ。嗚呼。愛とは理解ではない。断じて。
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スタンリー・キューブリック 2001年宇宙の旅 1968年 
2001: A Space Odyssey


(X氏への反論 その5)
アーサー・ゴードン・ピムからデイヴィッド・ボーマン船長へ、
あるいはA.C.クラーク批判


 周知のごとく、「2001年宇宙の旅」の後半から最後にかけてのシーンは公開当初から様々な物議をかもしていて、モノリスは何を象徴しているのか、などという議論が、未だにネット掲示案を賑わせていたりもする。アーサー・クラークの小説版「2001年宇宙の旅」では、モノリスの正体や、ボーマン船長の身に起る一連の不可解な出来事について、一応理路整然とした説明がされている。しかし、映画での圧倒的なイメージの奔流に比べて、この絵解きの何という退屈なことか。
 X氏に言わせれば、この絵解きこそがSFの醍醐味ということなのだろう。これはある意味で的を射ている。つまりこの退屈さは、クラーク個人の才能に由来するだけでなく、SF小説というジャンルそのものが孕む矛盾と限界を露呈するものなのだ。
 SFの退屈さとは、人智を超えた現象が、人間の理性と言語で説明しうるという無邪気な確信を見せつけられる退屈さに他ならない。いくら宇宙の果ての奇妙な出来事や、未来人や異星人の神のごとき知性を記述しようと、また、それをどんなに精緻な理論で跡付けようと、それはあくまで人間の想像力の範疇であり、そうである以上は、作者の生きている時代やイデオロギーと無縁ではありえない。「センス・オブ・ワンダー」という粗雑な概念は、こうした根本的な矛盾に目をつぶるだけでなく、結局は西欧的な人間万能主義と歩みを共にするのである。つまり、あらゆる未知はいずれは知に転じて、人類の意識は「進化」し続けるであろうという幼稚な進歩主義がそこにあるのだ。
 欧米のSF業界というものは、とかく保守的な傾向を持つことが知られている。1960年代には、『宇宙の戦士』のハインラインは勿論、X氏の大好きなジョン・キャンベル Jr.もベトナム参戦にはかなり積極的な立場を取っていたという。その中でもクラークは、西欧の人間万能主義と植民地主義の最右翼に属していたといえる。例えば、彼のエッセイ集『スリランカから世界を眺めて』を読めば、彼の意識的、無意識的な政治姿勢は明らかだ。あの壮大な『幼年期の終わり』にあってさえ、彼は南アフリカ共和国に関して傲慢で下品な冗談を飛ばすことを忘れはしなかったし、物語の最後で、高度な知性を持つ異星人である「オーヴァーロード」たちに「人間的な」苦悩を与えることによって、読者の共感を引き出そうとすらしているのだ。共感を誘う未知など、果たして未知の名に値するのだろうか。
 しかし、SF小説の源流と目されるポーや、ジャンルとしてのSFの始祖であり、ポーの精神的息子ともいえるヴェルヌなどは、空想的な小説において、説明的な言葉がどこで終わるのか、あるいは終わらねばならぬのか、ということをよく自覚していた。それはポーの唯一の長編小説である『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』やヴェルヌの『地底旅行』の結末を読めば明らかだ。幻想は、神秘は、未完成でなければならない。人智を超えた何ものかは、主人公あるいは読者の鼻先で、突然ピシャリと扉を閉じることで、逆説的に己の存在を全うするのだ。その扉の背後には、解釈すべき「意味」も「象徴」もありはしない。そこにあるのは充実した全き闇である。あるいは全き白紙といってもよい。それはアーサー・ゴードン・ピムの手記が唐突に途切れた後に続く白紙と同じ白紙である。
 映画「2001年宇宙の旅」の最後で、あの目くるめく「スターゲート」が開かれるのは、そのような地点のすぐ手前においてなのだ。スターゲートやモノリスは、アーサー・ゴードン・ピムが旅の終わりに見た、あの訳もなく不安を誘う巨人の姿と同じく、背後に何ものも隠していない。キューブリックの「この映画が一度見て理解されたら困る」という発言は、この映画が何らかの深い意味を隠しているという意味に捉えられてはならない。作品の「隠されたテーマ性」やら「隠喩」やらを「解読する」などという子供じみた遊びは、自分が頭がいいと思っているが、実はそうでもない人によく見られる悪癖に過ぎないのだ。闇は闇として肯定されなければならない。(了)

付記:
『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』は、南極に向かって旅をする主人公の手記という体裁を取っています。手記は、南極の海にぽっかりと口を開ける巨大な裂け目に向かって、主人公が小舟で押し流されて行くところで唐突に終わっています。その末尾を引用します。

「…そしていまわれわれは、あの瀑布のふところ目がけて突進していた。その瀑布には、われわれを迎え入れる割れ目が開いていた。だがわれわれの行く手には、凡そその形が比較にならぬほど人間よりも大きい、屍衣を着た人間さながらのものが立ち塞がっていた。そしてその人間の形をしたものの皮膚の色は、雪のように真っ白であった。」

(訳 大西尹明 『ポオ小説全集 2 』 創元推理文庫 p.266)
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スタンリー・キューブリック 2001年宇宙の旅 1968年 
2001: A Space Odyssey


(X氏への反論 その4)

 ティコ・クレーターに向うムーン・バスの狭いキャビンで、サンドウィッチを頬張りながら同僚と社交辞令めいた会話を続けていたフロイド博士は、部下から何かのついでのように差し出された資料を無造作に受け取り、何枚かのコピーをめくる。会話の中で、それが月面下で掘り出された謎の物体に関する資料であることが明らかにされ、その物体が400万年前、何者かによって意図的に埋められたのだということが告げられる。この「意図的に埋められた deliberately buried 」という言葉が、一瞬その場に気詰まりな空気をもたらすが、その緊張も部下のコーヒーを勧める言葉によって瞬時になし崩しになり、フロイド博士の冗談めかした大仰なリアクションで幕になる。「諸君、大変なものを掘り当てたものだな」
 私はこのシーンは、映画中の白眉だと思う。この場面は単に物語の発端を語るだけではない。これらの寒気を誘うほどに平凡な人物像は、これから映画が分け入ってゆく宇宙の闇に予め侵食され、嵌入されているように思えるのだ。重要なのは、科学者というよりは高級官僚タイプに近いフロイド博士を始めとして、ここに登場する人物たちが、いささかの感情移入も引き起こしたりはしないことだ。「未知の新発見」が観客の期待を盛り上げる代わりに、ここには今起こっている出来事に、まるで人間的関心を持たぬ視線がある。我々が群遊する魚の顔を一匹一匹見分けることがないように、この視線は、登場人物の個性などにはまるで注意を払っていない。ここにはただ「人類」がいるだけなのだ。異星人の視線、というより、宇宙の深淵そのものが視線を持ち、登場人物たちを貫通しているようである。
 事実この場面は、前後をムーンバスが月の大地と空の間を飛行する画面に挟まれていて、狭いムーンバスの中のささやかで「人間的」な寸劇は、時間的にも空間的にも、のしかかるような圧倒的な真空の闇と、誕生から何十億年もの間、沈黙のみに支配されてきた大地とに取り囲まれることになる(ここでの月面の飛行シーンは、技術的に完璧の域に達しているといってよい。しかし、この画面に息吹を与えている神は、メリエスの『極地征服』の飛行シーンに住まっているのと同じ神なのだ)。
 キューブリックの偉大さは、このようにSFXシーンと人物のシーンを見事に相互嵌入させたことにある。もっとも、キューブリックの人物演出は、まるで宇宙の真空を呼吸しているような、絶対的な清清しさ(我ながら奇妙な表現だが)を有していて、それ自体でSFたりているのだが。
 私見を述べさせてもらえれば、SFの最大の魅力とは、ものごとの科学的な絵解きではなく、未知なる存在によって、自らの存在が突如として相対化され、我々がア・プリオリに依存している諸前提が崩壊する時の驚きと開放感にあるのだ。しかしSFというジャンルには常に、ある根本的な矛盾といかがわしさが存在している。次回はそれを、映画の最後の、あの圧倒的な光の奔流を通して考えてみたい。

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ジョルジュ・メリエス 月世界旅行 1902年
La voyage dans la lune
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スタンリー・キューブリック 2001年宇宙の旅 1968年 
2001: A Space Odyssey


(X氏への反論 その3)

 前述したメリエスの「極地征服」の飛行機不時着のシーンは、書割とミニチュアの平板なセットに、累々と連なる前人未踏の山脈の奥行きを再現したものだった。映画は結局、平面のスクリーンに投影された映像に過ぎない。しかし、だからこそ、この「偽の奥行き」は、見世物としての映画にとって、欠くことの出来ない要素となるのだ。そもそもリュミエール兄弟による最初の映画の一本のタイトルが「列車の到着」であって、映画の最初の観客は、画面奥から急激に近づいてくる列車を見て思わず客席から逃げ出したというのだから、映画の平面性と「偽の奥行き」との関係は、単なるいかがわしさを通り越して、映画の成立条件の只中に、ある種の原罪に似た神経過敏な一点を形作っていると言ってよい。そしてキューブリックの「2001年宇宙の旅」が、映画の始祖であるこの二人の名を継ぐ正統なる嫡子だというのは、正にこの点においてなのだ。
 この映画の、シュトラウスのワルツが響く中、宇宙空間を緩やかに進んで行く宇宙船の場面には、ほとんど官能的な恍惚が含まれてはいないだろうか。私は夜、疲れ切っているのに気分が昂ぶって眠れないような時、時々この宇宙ステーションから月に至るまでのシーンをボーっと眺めてから床に就くことがある。すると不思議なことに、大抵とても安らかな眠りが訪れるのだ。中でも好きなのは、太陽と月と球形の宇宙船が一つの画面に納まっているショットで、ここではメリエス的な幻想と写実の融合が、文字通り宇宙的ビジョンにまで拡大されている。
 これらのシーンを注意深く見てみると、月や宇宙ステーションに向って緩やかに遠ざかって行く宇宙船は、画面上でそれらの目的地と決して重なり合うことがないことがわかる。恐らくこれは、当時の画面合成の技術の限界によるのだろう(だれか詳しい人がいたら教えて下さい)。しかし、この技術的限界は、同時に厳密な美学となって、スクリーン上に一つの宇宙を構成するのである。徐々に小さくなる宇宙船の輪郭と、宇宙ステーションの回転と、太陽と地球と月の弧線とは、それぞれ触れ合うことのない絶対的な境界線となって、一つの画面に複数の異質の領域を形成する。これらの領域間の距離、つまり宇宙船と月や太陽との距離は、スクリーンに偽りの奥行きをもたらす、いつもの遠近法によっては計られない。それらの間に拡がる領域、つまり宇宙空間を表す闇は、それらにいかなる共通の尺度も与え得ないからだ。それらの間の距離は、相対的なものではなく、絶対的なものとなるのである。このようにして、画面上で宇宙船と月と太陽とを隔てる暗黒の領域は、完全な平面であるがゆえに、ある無限性を獲得するのだ。宇宙空間の無限の奥行きとスクリーンの平面性という相容れぬ二者が、互いに自己を主張し合いながら、分かちがたく結びつくのである。おそらくこのように、イメージへの欲望が、映画そのものの限界とぶつかって生じる美は(このような美をメリエス的な美と呼びたい)、VFX全盛の今の映画には望むことが出来ないだろう。
 ところで、「2001年宇宙の旅」が忘れがたい映画なのは、もちろんそのSFXの素晴らしさだけによるのではない。「2001年宇宙の旅」が真に「SF映画」の名に値するとすれば、それは、「人間」の提示の仕方の独自性による。例えば、フロイド博士やボーマン船長が、それぞれ探求心に燃える情熱的な科学者やヒロイックな冒険者として「ハリウッド流」に描かれていたら、それは「2010年」や「サイレント・ランニング」と大して違わない映画になっただろう。
(続く)

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ジョルジュ・メリエス 月世界旅行 1902年
La voyage dans la lune
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ジョルジュ・メリエス 極地征服 1912年
A la Conquête du pôle


(X氏への反論 その2)

 もう何年も前になるが、フィルムセンターでジョルジュ・メリエスの「極地征服」(1912年 フランス映画)を見たときの興奮が忘れられない。
 特に印象的だったのが、星空の下、果てしなく広がる山脈の彼方に一機の複葉機が現れ、低空飛行をしながら次第に近づいて来て、ついに画面手前の山腹に不時着するという場面である。
 この撮影のトリックは、呆れるほどに単純かつ大胆なものである。セットの書割の山々は、手前から奥にかけて、何枚かの層に分かれていて、上下に蛇行運転をする飛行機は、山々の谷間に隠れるたびに少しずつ大きな模型にすり変わってゆき、最後の上昇飛行で画面の上に消えた次の瞬間、上から実物大に近い模型が降ってくるのである。確か最後の模型からは、実際に人が降りてきたような記憶があるのだが、これは私の想像力が後日作り上げた偽りの記憶かも知れず、自信がない。
 このシーンを見た時の恍惚とした感覚は、ちょっと説明するのが難しい。と同時に、私はごく単純に感動したのだとも言える。私は先人の創意工夫に感動したのではなく、かと言ってその画面の完成度に感動したのでもない。あえて言えば、作り手の「こういうイメージが見たい!」という強い欲望が、美しく画面に漲っていて、それに感動したというのが近い。重要なのは、その感動は考古学的なものではなく、あくまで現在形のものだったということである。
 似たような体験がもう一つある。
 やはりサイレント映画で、ムルナウが監督した「ファウスト」(1926年 ドイツ映画)を見たときだ。
 これはSF映画ではないけれど、ファウストがメフィストフェレスに連れられて空中飛行をするシーンがある。
 彼らも山々を越えて飛行するのだが、今度の画面は飛行する側から眺められたものだ。キャメラは尾根に沿って駆け上がり、木々の枝を掠めて高原に差し掛かり、谷を越え、更に次の尾根に近づいてゆくのである。この「空中撮影」に用いられている風景は、誰がどう見ても粘土細工のミニチュアである。しかし同時に、キャメラは本当に飛翔しているのだ。キャメラが飛翔の夢に身を任せていると言ったらいいのか。
 映画史の本を見ると、よくリュミエール(映画を発明した人)は映画に写実をもたらし、メリエスは映画に幻想をもたらしたという表現が見られる。それはその通りなのだが、例えばヒネクレ者のゴダールは、このテーゼをひっくり返してこう言う。
「いや、リュミエールは19世紀の画家たちが好んで取り上げた題材を撮影したのであり、逆にメリエスはドキュメンタリーやニュース映画を撮ったのだ。それは架空のニュース映画ではあるが(うろ覚え)」
 これは言いえて妙で、確かに特撮とは空想上の出来事や世界を「見てきたかのように」描くものだ。ちなみにメリエスは「エドワード七世の戴冠式」という短編で、当時実際にあったこの戴冠式を、セットを建て、俳優を使って忠実に再現し、後日この映画を見た本物のエドワード七世を感激させたというエピソードを残している。
 確かに空想映画は、空想というより、「現実」への欲望が作るものなのかも知れない。その現実は、架空の現実、もう一つの現実であるのかも知れないが。私にとって、そうした恋にも似たもどかしい感情が、画面から直に滲んで来るような場面が一つでもあれば、その特撮映画は大傑作、ということになる。
 私は「ゴジラ」にも、同質の感動を覚える。夜の闇そのもののように真っ黒なゴジラの背後、ミニチュアの町並みの彼方で、いかにも書き割り然としたビル群の平面的なシルエットが燃え上がっているのを見ると、ああ、確かに私は何かを目の当たりにしているのだ。破壊を目の当たりにしているのだと感じる。
 で、この忘れがたい体験は、X氏が重要視する志村喬の最後の一言、いわゆる「核時代への警鐘」なるものがあるか無しかで、突如「作品」か「見世物」か、などというランク付けがされてしまうものなのだろうか。純粋に画面の連鎖を前にした体験は、結局それを正当化する「テーマ」や「メッセージ」がなければ、価値がないものなのだろうか。
 映画とはそんなものなのだろうか。
 以下、メリエスの正統な嫡子である「2001年宇宙の旅」の考察に続きます。

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F・W・ムルナウ ファウスト 1926年
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『ゴジラ』
本多猪四郎 監督 東宝 1954年


*昔、某ネット掲示板で、そこの名物コテハンさん(ここではX氏としておきます)と「SF映画をいかに見るか」というテーマで論争をしたことがあります。これは、当時アップした文章に、ちょっと手を加えたものです。

 破壊と死の戦慄と恍惚を、この身全身で味わいたい!!
 パニック映画や怪物映画を見に映画館に行ったり、レンタルビデオ屋を物色したりする人は、多かれ少なかれこういう欲望を持っていると思われる。
 で、このようなネガティブな欲望にとってとりわけ邪魔なのは、必ずこういう映画には、二流、三流の俳優が演じるヒーロー、ヒロインが登場して、阿鼻叫喚の周囲を尻目に、頼まれもしないのに安っぽい恋愛だの葛藤だの「奢った人類の反省」だのをおっ始めることだ。「ゴジラ」も多聞に漏れない。
 X氏の散漫な反論の中で、一つだけ同意するのは、志村喬の存在感だ。彼は確かに素晴らしい。が、「ゴジラ」と銘打たれた映画で彼しか出てこなかったら、やはりあまり納得は出来ないような気がする。
 ヒドイのは宝田明、平田昭彦、河内桃子(だったっけか)の三馬鹿トリオで、私は「ゴジラ」はビデオで何度も見ているのだが、地下の実験室で三人が見苦しく泣いたり喚いたり悶えたり暴れたりするのを見る度に、「引っ込め大根!早くゴジラを暴れさせろ!」と声に出して罵っている自分を見出すのだ。
 しかし私は「ゴジラ」の人間ドラマがダメだ。などと主張したいのではない。むしろ「ゴジラ」は「人間ドラマ」としても素晴らしいのであって、何が素晴らしいと言って、ゴジラに徹底的に踏みつけられ、蹂躙される人々の描写が素晴らしい。二人の子供を抱えて無理心中しようとする母親。それに最後まで実況中継を続けながらゴジラに殺されるテレビマン。私はどちらかと言えば、X氏と同じく「知識人」を気取って澄ましている方だが、この二つの場面には、何度見ても涙を禁じえないのである。
 で、彼らを三馬鹿トリオを分け隔てる最大の美点は、彼らは「ゴジラ」という破壊と殺戮の映画に相応しく、高々自分一人の人生などに、恋恋としがみついたりしないことだ。まあ、科学者を演ずる平田昭彦の、自死を決断するまでの暑苦しいこと、見苦しいこと! あの、「みなさんさようなら」と叫びながら、ささやかな職業意識を全うして、従容としてテレビ塔と共に滅びていった無名のテレビマンの諦念と誇りと比べてごらんなさい。彼の方が、自意識過剰の科学者なんかより、人間として遥かに格が上なのだ。違いますか?
 それにあの、「もうすぐお父さんのそばに行きますからね」と、うわ言のように唱えながら二人の子供を抱きしめる母親。ベタと言えばベタなのだが、やはりお約束を越えて生々しく迫ってくる何かがある。おそらくそれは、戦争の傷がまだ完全に癒えるに至っていない当時の社会の実感なのだろう。私はどちらかと言えば「映画に世相を見る」式の見方は軽蔑する性なのだが、夜天を焦がして燃え上がる東京の街の情景が示す、あの圧倒的な戦慄と恍惚は、やはり空襲に対する当時の日本人の「集団的記憶」なくしては考えれないだろう、と思う。それは明らかに「原水爆の恐怖」などという漠然としたものよりも、当時の観客を生々しく撃ったはずなのだ。私は「ゴジラ」が「核の恐怖を描いた作品」などと言われても「あ、そう、ふーん」という感想しか持たないバチ当たり者だが、画面に生々しく刻まれた集団的記憶としての「歴史」には、理屈を超えて打たれざるを得ないのだ。そして、集団的記憶というものは、どこか常に死に魅入られている部分がある気がする。「ゴジラ」の人間ドラマが成功しているとすれば、正にそれを、幾つかの忘れ得ぬ人物像として描き出したことにあるのではないか。
 で、最後に志村喬だが、彼も三馬鹿トリオとは違って、常に従容とした謙虚さを漂わせている。彼の、ガツガツと人生にしがみつきそうもない、よろめいた足取りとボソボソとした語り口こそ、ゴジラ映画には相応しいのだ。