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『夢と夢の間』
後藤明生 集英社 1978年


「だからさ、その文房具を買って来て、包み紙をはずしてしまえば、もう輪ゴムはいらなくなるわけだよな」
「うん」
「しかしだな、確かにそれで輪ゴムの用はなくなるわけだけどね、だからといって、輪ゴムが、ゴムでなくなるわけじゃないだろう」
「うん」
(p216)


 これは、主人公の大学講師と、中学三年になるその息子との会話である。
 敗戦直後の物資欠乏の中で育った主人公が、高度経済成長後の繁栄を空気のように呼吸している息子から、なぜ輪ゴムを捨てずに、机の上のインク瓶に巻いて取っておくのかと聞かれ、苦心して説明を試みているのである。世代間の断絶の描写としては、一見ありふれたもののように見える。おそらくこの時代の大抵の家庭では、これに類する会話が一度ならず交わされたのではないか。私もまた両親の「ものを大切に」という説教が、その効果はともかく、いまだに耳朶にこびりついている世代に属している。
 ただ、主人公の直面する困難は、世の親達のそれとは少し性質を異にしているのかも知れない。彼は別に息子に対して、ものを大切にせよと説教しているのではないのである。なぜなら、彼がインク瓶に巻きつける輪ゴムは、ただ巻きつけられたままで、何かに役立てられることもなく、インク瓶が空になるのと同時に、一緒に捨てられてしまうからだ。
 この事態を説明する際の困難さというか、もどかしさは、そのままこの小説が耐えている困難さに一致する。そこで何か難解なことや困難なことが語られているというわけではない。作者の現実が幾分か反映されてもいるであろう主人公は、あくまでも平凡な小市民として存在しており、その思考も行為も、読者の常識を逸脱することは決してない。単に「世代論」として読まれるのであれば、本書は気の抜けたビールのように希薄な存在感しか示さないだろう。
 ところが本書がはらむ困難は、正にこの平易さと希薄さそのものの中にあるといってよい。「輪ゴム」が「輪ゴム」としての用途=「メッセージ」を剥奪された後も、ゴムという物質であり続けるように、日常はふとした瞬間に、その希薄に纏われた「意味」を吹き払われて、単なる「物質」としての己をあらわにするのだ。そのあるかなしかの瞬間を現前させるために、意味はできるだけ希薄でなければならない。しかも、その意味を取り払われた後に残る物質も、いわゆる「真理」などというものとは程遠い、鈍い肉体的な感覚をつかの間与えるのみなのだ。

「彼は、妻とのやりとりを打ち切って、もう一度、競馬場の方を眺めた。すると、自分が今こうして、この京葉ハイツと呼ばれるハイツの、五階のベランダで、道子という名前の女と並んで立っていることが、何か不思議なことのような気がしてきた」(p173)

「この二つの世代の違いは大きい。(中略)しかし不思議なことは、その違いそのものよりも、そういう二つの世代が、こうやって親子として暮らしているということだろう」(p12)

「彼はふとんの中から、呆んやりと仕事部屋の天井を見上げた。そして、また、おや、と思った。天井は白木の板だった。それが何か不思議なことに思えた。この鉄筋コンクリートのハイツの中に、そんなものがあることが意外だったのである。
 もちろん山川の仕事部屋の天井が、とつぜん白木の板に変わったわけではなかった。山川が忘れていただけだった」(p344)


 このように、主人公は何度も「不思議」がる。しかし、その感覚が彼を実存的な考察に追いやることはついになく、平凡な市民である主人公は、一瞬の眩暈の後に、再び日常の世界へと戻って行く。では、この希薄な意味を纏った希薄な物質としての日常の正体とは何だろうか。それはおそらく「言葉そのもの」なのだ。言葉は、ゴムや紐(これも主人公の執着の対象である)のような物質的存在としてあり、本書もそのような限りなく無意味に近い物質の集積として存在している。そこに纏わりついている「意味」などは夢のようなものに過ぎぬ。「夢と夢の間」に言葉がある、というよりは、言葉と言葉の間に夢があるのだ。
 ところで後藤は、このような状況が結局は「歴史的」なものであることを、別の著作の中で述べている。

「つまり「日常」とは別のどこかに「異様」な世界があるのではない。日常そのものが異様なる世界なのである。そしてそれは「僕らの日本」が、戦争に負けることによってはじめて発見された、小説の新しい世界ではないかと思う」
(後藤明生 『小説――いかに読み、いかに書くか』 講談社現代新書 p212


 つまり後藤は、敗戦直後の自分達の体験が「リアル」であり、それに続く世代のそれが希薄な虚構だなどとは決して言わないのだ。敗戦を境に、そもそも我々の「リアリズム」は失われてしまったのである。だから、主人公とその息子の関係も「夢と夢の間」なのだ。この過激な「歴史認識」は、あくまで希薄な言葉でしか語られ得ない。それが息子の疑問を前にした主人公の困難であり、同時に本書の野心なのである。
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 アパート付近アパート付近


 休日であるが、給料日前なので大人しくアパートに引っ込んで読書する。
 落ち着いて読書をしたのは久しぶりである。
 しかし夕方になると彷徨いの虫がうずきだし、近所を二時間ほど訳もなくぶらぶらする。
 あるいは世間では私のようなのを「不審者」というのかも知れぬ。


 アパート付近アパート付近
 
   蕨市


   今日もずぶぬれ。



                                        さいたま市南区
 
   自宅近辺


   この直後ずぶぬれになりました。
 
東京都町田市


 都下M市周辺をぶらつく。
 またあやかしに化かされて、こんなところでぼーっと突っ立っています。
 

今日の収穫:

『罪と罰』
 手塚治虫 角川文庫 平成7年初版 105円

 角川文庫の手塚治虫初期作品シリーズはこれにてコンプリート。
 
荻窪駅周辺

 
 夕方、O駅で降りる。
 ホームでひとり、乗降客向けアナウンスをしている人物がいる。
 駅員ではない。
 もう40代だろうか。
 薄汚れた身なりの小太りの男が、片手に紙袋を下げ、もう一方の手にマジックペンをマイクのように握り、ホームの線路際に陣取って、「まもなく発車いたします。駆け込み乗車はおやめください」などと本物の駅員顔負けの流暢な節回しで喋っている。
 こういう光景には何度か出会っているのでさして驚きはしない。それに、何となく気持ちはわかるような気がする。規則正しさ、奉仕の感覚、命を預かる使命感。
 彼は油断なく左右を見回して「安全確認」をしている。額にたらたら汗が流れている。彼の生はひたすら充実してるのだろうか。それとも彼もまた、暗澹たる夜を知っているのだろうか。

 駅前のブック○フに入る。相変わらず店員達のへたくそな大合唱が響いている。店内放送がひとしきり耳障りな大音量でわめくと、その言葉尻を皆で復唱するのだが、その息の合わないこと、リズム感がまるっきり欠如していること、殺意を覚えるほどである。結局彼らは自分達が何をやっているのか全く分かっていないし、分かろうともしないのだ。そうして自分達の人生そのものに侮辱を与えているのだ。さっきの「駅員」の方がよっぽど偉いと思う。少なくとも彼は、ただひとり、自分の意志のみの力で、自分の人生を選択している。

 安さが売りのチェーン店の中華料理屋で、餃子をつつきながらビールを煽っていると、テーブル一つ隔てた隣でやはり一人で食事をしていた初老の女性が、ふいに店員を手招きした。やりとりを聞くともなしに聞いていると、餃子の具が生焼けだとのこと。彼女は別に声を高ぶらせるでもなく、低い声で自分の抗議の正当性を切々と説いている。対する店長か副店長らしき長身の男は、ひたすらマニュアル通りの低姿勢で応じている。すぐに皿が取り替えられる。でもちがうのだ。たぶんおばさんは、自分のささやかな一日の終わりが、一皿の餃子で台無しにされたことに抗議していたのだ。


  荻窪駅周辺荻窪駅周辺


今日の収穫:

『ノマディスム』
 天沢退二郎 青土社 1989年初版 525円
『ユリイカ 特集=小津安二郎』
 青土社 1981年6月号 420円
『平原太平記』
 手塚治虫 角川文庫 平成7年初版 315円
 
Bringing up baby by Howard Hawks 1938


*某掲示板で、「蓮實重彦は優秀な輸入屋に過ぎぬ」という内容の書き込みがあり、それに反論する形で、ここ数日書き連ねた文章です。

 二つのハワード・ホークス論、ジャック・リベットの「ハワード・ホークスの天才」*1と、蓮實重彦の「ハワード・ホークス、または映画という名の装置」*2を続けて読む。
 いくつかの共通点がたちどころに浮かび上がってくる。まず二人のキャリアの中で、比較的初期に書かれた評論だということ。そして、両者共にある種の時代思潮に抗う形で書かれたということである。
 二十数年という年月によって隔てられていながら、二つの論文をめぐる状況は、ある意味でよく似通っている。簡単に言えば、1953年のフランスにおいても、1977年の日本においても、ホークスは多少は器用だが、つまるところ凡庸な娯楽映画監督だとみなされていたのであり、こうした扱いへの苛立ちが、両者が書かれる原動力となっているのである。
 ここでは確かに、「輸入者」蓮實という視点が十分に成り立ちうる。フランスでのホークス評価の先鞭となったリベットの論文を蓮實が意識していなかったことはありえないし、直接の影響を受けていると思われる表現も実際に散見される。リベットの指摘したホークスの「連続性へのこだわり」という考え方をさらに純化し、洗練させたのが、蓮實の提示する「逆行」「交換」「捕獲」といった概念であることは、二つの論文を読み比べれば容易に見て取れるのである。両者は良く似ているというよりは、ある意味相互補完的である。一方で萌芽の形でのみ存在する概念が、他方では十分に展開されている。逆もまた真である。つまり蓮實は、リベットの論文で「未だ言われていないこと」のみを用意周到に選択しているのだといってよい。
 しかしここに蓮實の「オリジナリティ」を見るのも、逆にその欠如を見るのも、両者共に殆ど意味のない態度だといえよう。一般的に職業的な研究者が先人の影響を受けないことはありえないし、またそれらの影響に対して自意識を働かせないこともありえないからだ。重要なのは、これほど緊密な影響関係にありながら、両者の論文が全く異なる思考様式のもとに書かれていることである。一方は特権的な視点から特権的な言葉で特権的な事態を描く。しかし他方は、誰にでも共有しうる視点から、誰にでも共有しうる言葉で、特権的な事態を描こうと試みるのだ。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 リベットの「ハワード・ホークスの天才」はこう書き出される。

「明白さとは、ホークスの天才の目印である。『モンキー・ビジネス』〔53年〕は天才の映画であり、その明白さによって有無を言わさず見るものの精神を納得させてしまう」

 この文章自体が、有無を言わせぬ調子というか、石つぶてでも投げ込むような攻撃性と性急さを帯びている。こうした戦闘的なスタイルは、この時期のカイエの同人達に共通のものだ。ヒッチコックやホークスを持ち上げることは、当時の映画業界にとって、挑発的だったどころか、スキャンダルに近いものですらあったらしい。彼らは新参者の常として、事あるごとに大声をあげ、まず結論から先に叫ばなければならなかったのである。
 成りあがり者の常套手段はもう一つある。それは、既存の伝統的な価値観を可能な限り味方につけるというものだ。今、私の手元にある『ユリイカ』のヌーヴェル・ヴァーグ30年特集号に収録されている評論の中でも、ゴダールはダグラス・サークの『翼に賭ける命』を「映画がフォークナーにひけをとらないことを示したのはこれがはじめてなのである」*3と断言し、シャブロルはヒッチコックを「バルザック、ドストエフスキー、ベルナノスらが半ば失敗した企てに見事成功した」*4と持ち上げ、リベットも当の評論の中で、「(ホークスの)『赤い河』や『コンドル』の血縁として挙げられるべき人は、コルネイユをおいてほかにはいない」と述べている。香具師の口上といってしまえばそれまでだが、彼らはそのような戦術を是非必要としていたし、またそれらの固有名詞は、権威付けの為に持ち出されたというよりは、ある直接的な「威力」となって拳のように打ち下ろされるのだ。むしろ我々は、ヒッチコックやホークスと一緒に、これらの先人をも「発見」するのである。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 一方、蓮實は、まさにこうしたやり方すべてに「逆行」するのだ。「ハワード・ホークス、または映画という名の装置」の書き出しはこうである。

「ハワード・ホークス的「作品」とは、透明なあまり視界に影すら落とそうとはしない不可視の装置である。どこまでも澄みわたって視界をさえぎることもなく、また尋常な瞳にはとうてい捉えきれないほどに巨大な空間を占有する精密な玩具である」
 
 一見して韜晦的な文章である。カイエの同人達のハングリー精神は微塵もない。だが、蓮實が、世に出た当時から現在に至るまで誤解を受けてきた理由は、これらの言葉の連なりの中に、何か特殊で、余人には図りがたい「意味」があるのではないかと(あるいはそう見せかけて人を煙に巻いているのではないかと)、あらぬ勘繰りをされてきたことにある。事実はまるで逆なのだ。「透明」は単に透明なのであり、「不可視」は単に不可視なのだ。それらの言葉は背後に何も隠してはいない。それらは「美的な」言葉でも、「詩的な」言葉でも、「哲学的な」言葉でもなく、単なる「言葉」なのだ。その意味で、これらの言葉は、「一枚のレインコートはレインコートに、一丁の拳銃は拳銃にそっくりのイメージをかたちづくっている」*2ホークスの映画そのものに限りなく接近することになる。

「(…)ホークス的な挑発性は、(…)日常的な言語の制度化した安定を擾乱することで詩的言語とやらの復権を目論んだりはしない。日常言語と詩的言語といったすでにそれ自体が古典的な対立を越えて、詩的言語の挑発性と呼ばれる概念そのものを挑発し、その無廃を宣言するのだ。つまりそれは、詩人の存在そのものを撃つ透明な挑発性なのである」

(蓮實、前掲書)


 これは、別の場所で、批評家たるものは「嫉妬のあまり映画そのものを模倣するまでに至らねばならない」*5と述べる蓮實にふさわしく、まさに蓮實の批評のマニフェストにもなっている。ではなぜ、ホークスの映画は一見誰にでもわかりやすく、一方、蓮實の文章は「難解」なのか?それを明らかにするために、再びカイエの同人達の言葉に戻ってみよう。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


「敢えて言ってしまえば、運命、神々しいもの、悪魔的なるものといった、あらゆる偉大な作品の品質保証として通用している観念こそ、クロード・シャブロル、ジャン・ドマルキ、フランソワ・トリュフォーが、ヒッチコックにおいてもそれが認められることを異口同音に説き、はっきりと示してみせようとするものなのである」

(エリック・ロメール「誰のせいなのか?」*6


「知的で厳密な映画作家でありながらも得体の知れぬ力や魅惑の力の塊であるホークスの中には、秩序立った錯乱に惹かれるゲルマン的天才が潜んでいる」

(リベット、前掲書)


 翻訳文特有の混乱を別にすれば、これらの文章はわかりやすい、というか、とりあえず何か分かったような気にはさせられるのである。なぜなら、ここで使われている、「運命」「神々しい」「悪魔的」「知的で厳密」「得体の知れぬ力」「魅惑の力」「秩序だった錯乱」「ゲルマン的天才」といった言葉たちは、とりあえず何らかの特殊な深みというか、特殊な「価値」を有するイメージを、漠然とではあれ、直ちに読む者に喚起するからだ。それらは、フォークナーやドストエフスキーやコルネイユといった固有名詞が喚起するイメージと同様に、カイエの同人達がよりどころにしているものである。「明白さとは、ホークスの天才の目印である」という文章を目にしたとき、われわれは、それに同意するか否かはさておき、「明白さ」「天才」といった言葉が漠然と抱かせるイメージを共有しつつ、それらのイメージがさらに垂直に深まって行き、今は隠されている特殊で複雑な地点で焦点を結ぶことを期待する。つまり、「じゃあホークスはどういう意味で天才なの?」「明白さってどういうこと?」という「問い」が生まれるのだ。この、次第に奥まって行く垂直の運動をたやすく追うことができれば、その文章はやさしいということになり、逆に困難を伴えば難解であることになる。
 ところが蓮實とホークスは、自らの作品から、こうした「深み」を徹底的に排除するのだ。できあいの、共有された深みも、特殊で深遠な深みも、共に排除されるのである。そこからホークスの古典的で透明な画面の連鎖と、蓮實の迂回に迂回を重ねる文体が生まれる。それらはやさしくもなければ難解でもない。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 ではそこで一体何が起こっているのか?一言で言えば、映画においても、批評においても、「運動」が生じるのだ。各々の画面や言葉はもはや、背後に読み取られるべき思想も感情も隠してはいない。それらは垂直に奥まって行く神秘的な存在であることをやめ、ただお互いどうしの水平の関係を生きるのだ。その関係は、抽象性や一般性に還元されることのない、ひたすら具体的なものである。この具体性こそが運動なのだ。重要なのは、これらの運動は、ホークスのそれであれ、蓮實のそれであれ、「誰にでも見える」ということである。それらを追うのに、知識も想像力も体験も必要とされないのだ。逆にいえば、蓮實の文章を読んだり、ホークスの映画を見るときには、知識も想像力も体験も、まるで役に立ちはしないということである。ごく乱暴に言い切ってしまえば、蓮實の文章を追うのはそう難しいことではない。幼児がお話の続きをせがむように、ひたすら「それから?それから?」と言葉の連なりをたどってさえいれば、行き着くべき場所に到達するような仕組みになっているのだ。ただし、間違っても、途中で立ち止まって、「これはどういう意味?」などと尋ねてはならない。レインコートがレインコートでしかなく、拳銃が拳銃でしかないように、言葉は言葉でしかないのだから。
 しかし、蓮實の批評の言葉の連なりと、ホークスの映画の画面の連続は、ある地点で決定的に袂を分かつことになる。言葉はある時、光に眩惑されたように、はたと歩みを止めてしまうのだ。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


「みずからの「生」を決して見ることがないように、誰もホークス的「作品」を見たりはしない。「死」とは秩序の崩壊ではなく、凝固することで変容を逸した均衡にほかなるまい。ホークス的循環装置は、その無限の交換によって均衡の成就をたえず一瞬さきに伸ばすことで宙に吊られる、来たるべき透明な「作品」なのである」

(蓮實、前掲書)


「つまり「批評」とは、不可視を可視の世界に引きずり出したり、未知を既知によって解明したりすることではなく、みずから白痴の表情をまとって「制度」の一劃にかたちづくられる時ならぬ事件を生きざるをえないものの、絶対的な畸形性を前にした不条理な苛立ち、欠語をむなしく宙に放出するしかない無力感、そしてその苛立ちと無力感とを外気にさらすことでみずからの崩壊を受け入れながら、積極的に他者の生成に加担してしまう自分自身への深い驚きだ、ということである」

(蓮實重彦 「表層の回帰と「作品」」*7

 注目すべきは、常に「過剰なるもの」との遭遇を説く蓮實の言説に、いかに「欠如」を示す語彙が豊富に用いられているかということである。「宙に吊られる」「来たるべき」「透明」「苛立ち」「欠語」「無力感」…。カイエの同人達が「ホークスは偉大である」と宣言する同じときに、蓮實は「ホークスは不在である」と述べるのだ。
 ここには二重の操作がある。第一に、言葉を可能な限り貧困なものとすること。あるいは言葉そのものの貧困さを露呈させること。次にその貧困化された言葉に「敗北宣言」をさせることである。ある意味でこれは「出来レース」以外の何ものでもない。時には敬虔な宗教劇を、時には陰惨な復讐劇を思い起こさせる、この「弱者の言葉」によるドラマに、蓮實の魔術の一切がある。
 つまり、蓮實がある時期、あれほどの追随者や模倣者を生み出したのは、彼が特権者による特権的な言葉を語っていたからではないのだ。事態はまるで逆である。むしろ特権者による特権的な言葉は、たとえばゴダールのそれやジョナス・メカスのそれ、あるいはブレッソンのそれのように、徹底的に孤立すべく運命付けられるだろう。一方蓮實が語るのは、アルカイズムや蛮勇を最後のひとかけらにいたるまで抜き取られ、去勢された、つるんとした言葉である。学者の言葉であり、平等主義の言葉であり、民主主義の言葉であり、ニーチェのいう「終わりの人」ならぬ「終わりの言葉」である。そして蓮實はわれわれの耳元でこうささやく。「これこそわれわれの言葉だ。君らの言葉だ。いや、誰のものでもない「匿名」の言葉だ」と。そして「作品」は、それらの言葉が潰えた極限に初めて現れるのだと。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 私は何も蓮實が詐欺師であると主張したいわけではない。逆に言いたいのは、蓮實はたゆまぬ努力の人だということであり、他人にも常に努力を要求しているのだということである。今ネットでちょっと面白いテキストを見つけたので、少し長くなるが紹介する。蓮實が映画の学校で講義をした時の採録らしい。タイトルは「映画は個性的でない人によってつくられる」というものである。

「もう一つの問題もあります。それは、ここのような映画の学校で何を教えるべきなのか。何をというのは講義の内容ではなく、何になれと教えているのか、ということです。ここにはさまざまな科の生徒さんがおられるということですが、わたくしの大原則は、間違っても個性的であろうとするなということです。自分は個性的だと思っている人が、世界の、人類の、99.9パーセントであるとするなら、間違ってもそんな連中を真似してはいけない。ですから、断固、個性的たろうすることをやめなければいけない。なぜなら、映画は個性的ではない人によってつくられた、という大原則が存在しているからです。「映画の父」といわれるデヴィット・ウォーク・グリフィスは決して個性的な天才ではない。ごく普通の監督でありながら、それ以前には存在していなかった「映画作家」として自己を開花させた、ということです。個性的な才能という点をとってみれば、シュトロハイム、等々、他にもっともっとたくさんいるでしょう。だが、なぜグリフィスが「映画の父」といわれているかというと、彼が普通の映画作家だったからなのです。普通の映画作家であったということは何を意味しているかというと、与えられた条件の中で自分自身の表現をどこまで高めていくかという、いわば、最良のための努力をたえずしていた監督であるわけです。ゴダールのような人でさえ、最良のための努力をたえず行っている。「相対的によりよい表現がある」ということ、これは幻想かもしれません。だが、それを信じなくては映画は成立しません」(2006年4月1日)
http://www.eigabigakkou.com/speak/index.html

 ここには「教育者」蓮實重彦の真髄がある。この講義に先立つこと四半世紀前にも、「顔と記憶と名前を失って充実した匿名性の中に埋没することは、自分を虚構の存在になぞらえつつ主体の維持を錯覚することよりはるかに困難ないとなみなのだ」*8と述べている彼は、彼のいう「擬似冒険者」には徹底して手厳しい。

「あらゆる「制度」に蔓延している怠惰な事実誤認、それは、「未知」なるものはいまここにはなく、したがって見えてはいないと信ずることであり、そんな「貧しい」確信が、「未来」だの「彼方」だの「深さ」だのを捏造してもっと奥、もっと遠くへと困難な距離を踏破して進まんとするあまたの擬似冒険者を生み落とすのであり、そうした楽天的な魂たちは、自分に最もふさわしい仕草を、「未知」なるものを「既知」なるものへと移行させんとする「発見」の旅だと信じて疑わない。だが、存在が真に有効な視線を欠いているのは、まさしく、いまこの瞬間に、ここにあるものをめぐってなのであり、そのとき瞳を無効にされた存在は、『彼方』を見やって視力の回復をはかるのではなく、むしろ自分自身の瞳を積極的に放棄して、『既知』と思われた領域の一劃に不意に不可解な陥没点を現出せしめ、そこで、いまこの瞬間に、ここにあるものと接しあいながら、もはや自分自身には属さない非人称的な瞳を獲得して、世界を新たな相貌のもとに把えることになるだろう」(斜体は原文では傍点)

(蓮實重彦 「言葉の夢と「批評」*9



Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 長々と引用した二つのテキストは、それぞれ相互依存する二つの軸に対応している。一つは「匿名性」=「主体性」の軸であり、もう一つは「いま、ここ」=「彼方または奥」の軸である。ここで注意すべきなのは、今しがた等号で結び付けられた2項の間の道筋が、「制度」の内部において「連続」しているという点なのだ。人は瞳の焦点を、地平線の彼方から自分の足元にゆっくりと移動させることができるし、日常の中で仮構された「主体」もまた、例えばある映画のある場面に接した瞬間などに、つかの間であれ、「匿名性の中に埋没する」機会を有するのだ。蓮實はこうした姿勢を「困難ないとなみ」だとは言うが、「不可能」だとは決して言わない。蓮實はただこう言うのである。「努力せよ」と。
 つまり、「教育者」蓮實が、その著作の中で、繰り返し提示しているのは、「絶対」に到るための「相対的な」道のりなのだ。権利上、その道は「誰でも」巡ることができるのである。迂回に迂回を重ねてのたうつ文体は、その漸進的な軌跡に他ならない。しかしその向かう先はといえば、畏敬の対象とする他には料理の仕様もない、まったき闇やまったき光なのだ。道はそこにたどり着くゼロ秒前で断ち切られる。「絶対」は、一瞬、「不在の輝き」を放ったかと思うと、その絶対/相対の陰鬱なシステムが作り上げる「事象の地平線」の彼方に没し去ってしまうのだ。蓮實の著作は、「その先」については何も答えてはくれない。
 そこから何が生まれたか?模倣者の際限のない饒舌と、もう少しおひとよしで生真面目な連中を襲った失語症である。しかし、これはいささかアキレスと亀のパラドックスに似た事態なのではないか?あるいは、『女と男のいる舗道』の中で、ブリス・パランがアンナ・カリーナに語った『三銃士』のエピソードを思い出しても良いのかも知れない。そこでは、ある男が、「なぜ右の足と左の足が交互に前に出るのか」という問題で悩みだし、その結果一歩も歩けなくなって命を落とすのである。彼はものを考えることによって死に至らしめられたのか?いやむしろ、彼は「制度=物語」に殺されたのだといってよいだろう。
 蓮實はことあるごとに、自らの著作もふくめ、全てが「物語」なのだと、全てが「制度」なのだと説く。しかしこれは両刃の剣なのだ。いつしか蓮實の「物語」は、「世界」という名の唯一の「物語」であるかのような相貌を呈しはじめたからだ。おそらく、この「栄光と退廃」は、「リュミエール」の発刊あたりで始まったのではないかと思われる。もう詳しく述べる気力がないが、『映画に目が眩んで』に始まるジャーナリスティックな批評における、蓮實の「転向」ぶりは驚くほどのもので、例えば「ゴダールの『パッション』は、世界で初めての絵画を翻案した野心的で美しいフィルムである」*10といったタイトルなどは、一見蓮實が「カイエ・デュ・シネマ」の同人たちのスタイルを模倣したかのようである。しかし、ここで行われているのは異なる価値観の間の「闘争」ではなく、均質な環境のもとでの「啓蒙」に過ぎぬのだ。


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


 では、「われこそ世界である。絶対に向けて、相対的に努力せよ」と抑圧にかかる強大な「物語」に対して、いかに振舞うのか。
 私の回答は簡単である。「唯一の真理」がないのと同様、「唯一の物語」というものも存在しないのだ。物語は複数存在する。
 例えばそれは、徹底して断片に止まろうとするゴダールの物語でも、一切の自己反省を排して縷縷と語りつづけられるドゥルーズの物語でも何でも良い。人は、とにかく何かを「具体的に肯定する」必要があるのだ。それがたとえ愚行であれ。「絶対」を前にした硬直症には、「ある物語」が、「ある思考」が有効である。それは「正しい」物語である必要も、「唯一の」思考である必要もない。そのときに勇気を与えてくれるのが、「カイエ」の同人達や、ニューヨークの実験映画作家らが持っていたアナーキズムなのだ。例えば、ジョナス・メカスは、ジョン・フォードの作品をこのように褒め称える。

「彼の最新作<ドノバン珊瑚礁>を見てくれ。二千年たって、ナイルの砂漠の中から、こんな映画が掘り出されることを想像してみてくれ!」

(ジョナス・メカス『メカスの映画日記』*11


 泣いたね。俺は。これを初めて読んだとき。蓮實に徹底的に欠けているのは、この無垢なのだ。しかし私は、最後にメカスを引き合いに出して蓮實を貶そうというのではない。蓮實の批評は決して過去のものではない。その一見遊戯的な文体にぶら下がっている陰鬱さは、映画や世界と向き合うある時期には是非とも必要なのだ。ひとは一度は「世界」を背負って苦しまねばならぬ。しかし、それは到達点ではなく出発点なのだ。ニーチェのいう「三段の変化」でいえば、蓮實の批評はちょうど「らくだ」の時代にあたるのではないかと思われる。ひとはある日、蓮實の『映像の詩学』なり『表層批評宣言』なりを叩きつけ、「知るか馬鹿野郎!」と吼えて「獅子」となるのである。しかし、人生は一方向に進むのではなく、何度か「回帰」するものなのだ。「獅子」から「赤子」へ、そして再び「らくだ」へと螺旋を描くように戻ってくるのである。そのときに再会する蓮實の書物は、全く見知らぬ相貌をしているだろう。正にこのようにして、カイエの同人達と蓮實の評論は、互いに循環しつつ、そのたびごとに別の表情をあらわにするのである。蓮實のホークス論を通過して、再びリベットの「ハワード・ホークスの天才」と相見えるとき、その結びの言葉は、以前には隠されていた新たな輝きを帯びるはずだ。

「ホークスは歩くことによって運動を明らかにし、呼吸によって生を明らかにする。在るものは在るのである」

(了)


Bringing up baby by Howard Hawks 1938


*1
「ハワード・ホークスの天才」
ジャック・リベット 『カイエ・デュ・シネマ』誌 1953年5月号
翻訳:鈴木圭介 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*2
「ハワード・ホークス、または映画という名の装置」
蓮實重彦 『映像の詩学』 筑摩書房 1979年
初出:『國文學 解釈と教材の研究 臨時増刊 映像と言語』 1977年06月号

*3
「優雅にして的確―ダグラス・サーク『翼に賭ける命』」
ジャン-リュック・ゴダール 『アール』誌 1958年8月6日号
翻訳:奥村昭夫 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*4
「悪を前にしたヒッチコック」
クロード・シャブロル 『カイエ・デュ・シネマ』誌 1954年10月号
翻訳:野崎 歓 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*5
「映画と批評」
蓮實重彦 『映画 誘惑のエクリチュール』 ちくま文庫版 1990年 p358
初出:『新映画辞典』 美術出版社 1980年

*6
「誰のせいなのか?」
エリック・ロメール 『カイエ・デュ・シネマ』誌 1954年10月号
翻訳:野崎 歓 『ユリイカ臨時増刊 総特集 ヌーヴェル・ヴァーグ30年』 青土社 1989年12月

*7 
「表層の回帰と「作品」」
蓮實重彦 『表層文化宣言』 ちくま文庫版 1985年 p78
初出:『展望』誌 1975年6月号

*8
「映画と批評」 既出 p356

*9
「言葉の夢と「批評」」
蓮實重彦 『表層文化宣言』 既出 p42
初出:『展望』誌 1975年2月号

*10
「ゴダールの『パッション』は、世界で初めての絵画を翻案した野心的で美しいフィルムである」
蓮實重彦 『映画に目が眩んで』 中央公論社 1991年 p48
初出:『ブルータス』誌 1983年 (号数不明)

*11
「ジョン・フォードの芸術について」
ジョナス・メカス 『ヴィレッジ・ヴォイス』誌 1963年(号数不明、記事には8月1日の日付がある)
翻訳:飯村昭子 『メカスの映画日記』 フィルムアート社 1993年改訂版 p91



がんばりました。でもなんのために?
 
  世田谷区にて


 おととい、久々に実家に帰った。
 なんだか気が進まぬので、何度も途中下車して古本屋めぐりをする。
 そのうちとっぷりと日が暮れてしまう。
 それでも遊び足りぬ子どものように、いつまでも街中でぐずぐずとすごす。


 そうですか。世田谷区にて


その日の収穫:

『映画に目が眩んで』
 蓮實重彦 中央公論社 1991年初版 1000円

 昔所有していたが、売り払ってしまった本である。
 ある日、急にこの書物が嫌いになってしまったのだ。
 今回、ちょっと参照したいと思って買いなおしたのだが、やはりいやな本である。

 
ちょっと花の位置をいじりました。やらしいねえ。


 今日からお盆休み。都下T市、K市を歩く。
 私はいつも、ぶらぶら歩くときは、日本古書通信社の『全国古本屋地図』を片手にしている。しかしこの本、実はあまり当てにならない。古書組合に加入している店しか紹介されていないし、出版されたのが6年前なので、その後移転したりつぶれたりしている店も結構多いのである。
 そこで今日は一計を案じた。ネットのタウンページで検索をかけ、T市とK市の古本屋をリストアップして区分地図に赤ペンでプロットしたのである。これなら情報はリアルタイムだし漏れもないだろう。出来上がった自家製の古本屋地図を眺めると、東京の外れのベッドタウンでありながら、意外と多くの店が存在することに驚かされる。『古本屋地図』に紹介されている店の数の数倍はあるだろうか。それに、赤い点は、どの駅からも遠い、地図で見る限り商店街とは思えないような場所にも、ぽつん、ぽつんと記されているのである。男のロマンが燃え上がる。
 K駅を降りて駅周辺の店を回ったあと、いよいよその「秘境」の一つを目指して歩き出す。時々小雨がぱらつくが、今日は涼しくて歩きやすい。
 数十分歩いた後、地図と番地を見比べながら、そろそろ到着する筈だと思っていると、目の前に忽然と大きな森が現れる。奥が見通せぬほど深く、うっそうと繁った森である。いかに武蔵野とはいえ、とても都内の光景とは思われない。森の周りにめぐらされた木の柵ぞいに歩きながら、色々想像をたくましくする。こんな辺鄙な場所に店を構えるのだから、店主はよほど偏屈か変わり者なのだろう。色のあせた漫画本くらいしかないような気もするし、逆に掘り出し物の宝庫かもしれないという気もする。いずれにしても私は、「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家のような一軒屋が、煙突からぽっぽと煙を吐きながら森の只中にぽつんと建っている様を、漠然と思い描いていたのである。
 目指す番地と思われる場所に到着する。緑の高い壁のような森と狭い道を隔てて、平屋建ての古い木造住宅が何軒か並んでいる。古本屋らしきものは影もない。いやな予感に襲われながら、一つの家の玄関の前で、植木鉢に向かってかがみこんでいた老人に声をかける。古本屋はないが、古本屋の店主の自宅ならそこだという返事である。「そうですか、あはは」我ながら意味不明な笑い声と共にその場を辞す。
 さて次は、と地図を広げて目を走らせる。まだ日は残っている。そう、夜までには、まだまだ時間はたっぷりあるのだ。


立川市


今日の収穫:

『神秘の島』上下
 J・ベルヌ 訳 清水正和 福音館書店 1978年 1000円
『近代の文学と文学者』
 中村光夫 朝日新聞社 昭和53年初版 500円
『従兄ポンス』上下
 バルザック 水野亮 訳 岩波文庫 1970年改版 340円
『ウジェニー・グランデ』
 バルザック 水野亮 訳 岩波文庫 1953年改版 170円
『シャリ河の秘密基地』
 手塚治虫 角川文庫 平成7年初版 420円
『来るべき世界』
 手塚治虫 角川文庫 平成7年初版 420円
『僕の昭和史Ⅲ』
 安岡章太郎 講談社文庫 1991年初版 200円
『ソビエト感情旅行』
 安岡章太郎 角川文庫 昭和50年 100円
『アメリカ それから』
 安岡章太郎 角川文庫 昭和50年 100円

ついでに昨日の収穫(川崎周辺):

『わがスタンダール』
 大岡昇平 講談社文芸文庫 1989年初版 525円
『近代日本文学の起源』
 柄谷行人 講談社文芸文庫 昭和63年初版 250円

文字通りの積読

 
孤独な月 

単独の月

ちょっと負けてる月ちょっと頑張っている月いささか距離をおいている月

街灯vs.月

済ましている月

水溜りに映った月

はい、したたか酔っ払っております。
自分でもなにやってるんだかさっぱり分かりません。
とにかく、光は、自らの生みの親を忘却することによってのみ、生まれるのである。
月のあばたの恨み言など届こうはずもないのだ。


ついでに今日買った本:

『墨汁一滴』
『筆まかせ抄』
病牀六尺
 いずれも 正岡子規 岩波文庫

ブックオフにて、しめて900円。
飲み相手との待ち合わせの間に何となく買ったもの。
自分でもなぜ買ったのかよく分からぬ(俳句はまるで門外漢である)。

 
ルパン三世 カリオストロの城より

『ルパン三世 カリオストロの城』
宮崎駿 監督 東京ムービー新社 1979年

 美少女キャラが売り物の宮崎アニメではあるが、彼の全作品中で私が一番好きな登場人物はなんといっても『未来少年コナン』のダイス船長で、その次がカリオストロ伯爵なのである。この時期の宮崎駿は、明らかに、これら働き盛りのおっさんたちに切実な自己投影をしているのだ。彼らを通して、本来作り物の世界であるアニメーションの只中に風穴が穿たれ、そこからふと現実が顔を覗かせる。そのわずかな息吹によって、むしろ作り事の世界は、見るものの胸をしめつけるような鋭角の生気を帯びはじめるのである。
 『未来少年コナン』では、ダイスとモンスリーのおっさんおばさんコンビが、コナンの破天荒な活躍を背後で支えていた。「現場監督」としての重責を負いながら、組織のさらなる上層部には頭が上がらないという、彼らの抱える中間管理職独特の鬱屈や悲哀は、そのままアニメーション製作の過酷な現場を指揮していた宮崎駿の偽らざる実感だったはずである。
 『カリオストロの城』では、銭形警部がそのへんの「おっさんの悲しみ」を随所に振りまいていて泣かせるが、私が一番胸にぐっと来るのは、カリオストロ伯爵が偽札の原版を作る部下に指示を与える、ごくさりげない場面だったりする。
 原版にルーペで職人的な眼差しを注ぎ込んでいた伯爵は、「質が落ちてる」とつぶやき、受注に対して生産が追いつかないと訴える部下に対して、「やり直せ。納期も遅らせてはならん」と低い声で言い捨てる。このときの伯爵の顔は、一国一城を構える悪の主領というよりは、納期に追われる中小企業の社長の疲弊したそれであり、スケジュールとクオリティーとの板ばさみになって苦しむアニメーション監督のそれなのだ。
 ところが、宮崎アニメが世間から認められるにしたがって、作品の中からは、こうした生々しい矛盾や葛藤が失われてゆく。それがあらわになってきたのは『魔女の宅急便』あたりからで、ヒロインが自らの職業を選ぶという物語でありながら、ここではいわゆる「大人の事情」なるものがほとんど姿を消してしまっているのである。続く『紅の豚』では、おっさんはついに現場放棄をし、文字通り楽隠居の豚と化してしまった。そのせいか知らないが、私は宮崎アニメがこれほど退屈な代物に成り果ててしまったことに、暗澹たる気分で劇場を出たことを覚えている。続く『もののけ姫』も技術だけが肥大したスカスカの大作にしか見えなかった。『千と千尋の神隠し』には、少しはっとさせられる場面はあったが、あの世界全体が主人公の夢か遊園地のようなものであり、最初から完全に毒気を抜かれてしまっていることがいかんせん物足りなかった。結局、少女達やお姫様たちの苦しみや闘争は、宮崎駿本人にとっても絵空事に過ぎないのだろう。
 だから、宮崎駿の巨匠への足取りは、おっさんやおばさんの身を切るような現実の葛藤が、環境問題だの自分探しだのといった、少女達の華々しくも、その実去勢された偽りの葛藤の陰で、徐々に磨耗し、消滅して行く過程でもあったのだ。
 『カリオストロ』のころの宮崎は、王女様を救う無責任なアウトローではなく、王の地位を狙わんと、腹に様々などす黒くも悲しい苦悩を渦巻かせていた摂政の側にいたはずである。もちろん、歳月と共に人は変わるし、変わらなければいけないものなのでもあるが、私は『カリオストロ』を見直すたびに、ギトギトと脂染みていたころの宮崎駿を深く悼むのである。


ルパン三世 カリオストロの城より
 
 鎌倉 雪ノ下 稲村ガ崎

 昨日の仕事で、ここ1ヶ月ほど続いていた気詰まりな状況からとりあえず抜け出すことが
できた。
 今日は久々に、何の負い目も悩みもない、太平楽な休日である。 少し遠出をして、鎌倉から藤沢まで、江ノ電沿いに歩く。
 浜辺に出たり、海に迫るように連なっている小さな緑の山々の間に入り込んだり、再び海に出たりしながら終日歩く。
 すれ違う人々が皆美しく見える。


由比ガ浜 なぜこんな画を撮る気になったのか思い出せぬ


今日の収穫:

鎌倉にて

『書かれない報告』
 後藤明生 河出書房新社 昭和46年初版 2100円(やったね♪)
『唄―遠い冬の』
 入沢康夫 書肆山田 1997年初版 1050円

藤沢にて

『ウイーク エンド ジャン=リュック ゴダール』
 (パンフレット) 愛育社 2002年 700円
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 仕事帰りの電車の中、大きな川をガタゴト渡っていると、不意にドーン、ドンと腹に響く音が。
 窓のすぐ外でぱっと大きな光の花がいくつも開く。たまたま花火大会に行き合わせたのだ。
 車内のあちこちで歓声があがる。乗客みんなの目が一方の側の窓に吸い寄せられる。
 不意のにわか雨や、天変地異や、花火の良いところはこれなのだ。
 それぞれ別々の道を進んできて、すぐに別々の道に分かれて行く、たまたまそこに居合わせただけの、互いに見も知らぬ多数の人間の視線が、一瞬だけ完璧に同調して、斜め上の同じ方向を向く。そのどこまでも伸びて行く幾筋ものまっすぐな平行線の美しさは、虹の比ではない。こういう瞬間だけは人間やら民主主義やらを信じたい気持ちにもなるのである。
 電車を降りた後も遠く花火が見え隠れしている。
 思わず携帯のデジカメで撮ったが、あまりうまくいかなかった。

 *ちなみに日記のタイトルは毎度映画の題名から借用しているが、必ずしもその全部が好きなわけではない。念のため。
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 今日は朝から体調が悪く、午後になってから悪寒とだるさが激しくなってきたので、早々に退社する。
 ところがである。同僚と上司の気遣わしげな視線に見送られ、エレベーターを降り、冷房の効いた薄暗いエントランスから、輝く真昼の往来に出たとたん、私は元気になってしまったのだ。
 直前までの私は本当にフラフラだった。しかし、力なく落とした両肩に、直上から照りつける午後二時の太陽の光を浴びた瞬間、全身に血が勢いよくめぐり出し、宙に浮き上がりそうなほど軽くなったのを感じたのである。原因は全く分からない。でもそんなことより見よ! すぐ目の前を行く若い女性のむき出しの肩もまた、そのなだらかな稜線を露光オーヴァー気味に輝かせながら、リズムをつけてひらひらと飛び去って行くではないか。そういえば今は八月なのだ! 八月! 何と心を浮き立たせる響き! それにまだ今日という日はたっぷりと残っている。私は自由なのだ。
 というわけで、いつもとは反対方向の電車にとび乗り、大きく遠回りをして、私鉄O線沿いの古本屋をうきうきとめぐりながら帰ったのである。ここでやたらに海やら山やらへ繰り出さないところが、私の年の功だといえよう。

今日の収穫:

『農民』 上下
 バルザック 水野亮 訳 岩波文庫 1995年復刻版 650円
『二つの顔』
 安岡章太郎 講談社 昭和33年 初版 850円
『果てもない道中記』 上下
 安岡章太郎 講談社 1995年 初版 600円
『ユリイカ 1977年5月号 特集=ジュール・ヴェルヌ』
 青土社 500円

 同僚の皆様、上司の皆様、ごめんなさい。仮病じゃないんです。本当です。ここに謹んでお詫びを申し上げます。
文学ひるね犬


 久々に古本屋めぐり。
 7月に入ってからは平日も休日も何かとバタバタしてたので、のんびりできるのは久しぶりである。
 私鉄T線沿いを、東京の外れから始発駅に向けて1日歩く。
 この沿線では古本屋はあまり元気がない。それぞれの駅の周辺に、ブックオフか、並んでる本も店主もボロボロという「終わってる系」の古本屋が1、2店散らばっている程度である。でも最近気が付いたのだが、私はどうやら、これらのダメな古本屋というものを深く愛しているらしいのだ。店に入るときのダメモト感と、店を出たときの徒労感が、なんとも人生を気持ちよく食いつぶしている感じでよろしい。駅と駅の間は長くて2キロ以上もある。数十分かけて目指す店に到着する。どうせ何もないだろうと思いながら暗く埃っぽい店内に入る。やはり何もない。また数十分歩く。次の店にも何もない。また歩く。何という贅沢な時間。ずっとこんなふうにして生きていたいが、なかなかそうもいかないのである。


今日の収穫:

『聖アントワヌの誘惑』
 フローベール 渡辺一夫 訳 岩波文庫(絶版) 350円
『ガルガンチュワ物語』
 ラブレー 渡辺一夫 訳 岩波文庫(絶版) 100円
『芸術と実生活』
 平野謙 岩波現代文庫 600円
『地球の悪魔』
 手塚治虫 角川文庫(絶版) 350円
『漫画大学』
 手塚治虫 角川文庫(絶版) 350円

ついでにここ何週間かに買った本

『紋切型辞典』
 フローベール 小倉孝誠 訳 岩波文庫(絶版) 365円
『脂肪の塊』
 モーパッサン 水野亮 訳 岩波文庫(絶版) 100円
『あめりか物語』
 永井荷風 岩波文庫(絶版) 400円
『清順スタイル』
 磯田勉 編 ワイズ出版(絶版) 900円
『Kawade夢ムック 総特集 鈴木清順』
 河出書房新社(絶版) 900円