車が嫌いである。
バスやトラックのような大型車はいい。
バイクだって、とりたてて好きというわけではないが、嫌いでもない。
ただ、いわゆる普通の乗用車という奴への嫌悪感は、殆ど生理的なものである。
あの、核家族時代の父権主義とでもいうべき、チンケなマッチョ性がまず癇に障る。
黄信号でこれ見よがしにキキキっと急カーブを切ったり、駐車場にバックで入る時に、鼻息も荒く猛スピードで突っ込む車などを見るたびに、私は思わず顔を赤らめて目を背けてしまう。自動車は、「パパの男根」のように恥ずかしい。
それでも生きるために必要な人間関係を続けていると、時々は、その中に乗り込まなければならないことがある。
入った瞬間の独特の臭い。あれを嗅ぐと、なぜか私は誰彼なく捕まえて、「これでいいんですか?生きるってこんなもんなんですか?」と問い正したくなってくる。その後、深く沈み込んでしまう。
しかし、車への嫌悪が殺意にまで高まるのは、交通量の多い道路で信号待ちをしている時をおいて他にない。
交差点で、鼻先をブンブン通りすぎる車を血走った目で睨みながら、「畜生、車め、走りやがって」などとつぶやいている男がいたら、それは多分私である。
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ええ、そりゃあもう、元気ですとも。
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やっと引越し先が決まる。
もちろん、いくら新しい土地に移っても、自分という存在から引っ越せるわけではないことは、経験上よくわかっているつもりである。
だからといって、今、新しい世界で目覚める新しい自分というものを夢見て、胸を騒がせてはいけないという法はないはずだ。そうじゃないか?
ワオ! 新天地だぜ! ワオ!
引越し先を探して、横浜市内を終日歩く。
目に付いた不動産屋を片っ端から当たってみたが、結局今日は、条件に合う物件が見つからなかった。
歩きながら、何の脈絡もなく、不意に思い出したことがある。生きている間に、もう二度と思い出さないかも知れないので、一応ここに記しておく。
私は10年ほど前に、ちょっとした機縁で、フィリピンのネグロス島なる島に滞在したことがあるのだが、そこでは犬を追い払う時と猫を追い払う時で、掛け声が異なるのである。犬に対しては「グワ!」と叫び、猫に対しては「シカ!」と叫ぶ。理由はわからない。
ついでにもう一つ思い出した。「何言ってるんだかさっぱりわからない」は、イロンゴ語(ネグロス島で使われている言葉)では、「インデ・アコ・マカイ・チンディ」と言うのである。
今日の収穫:
『東京物語考』 古井由吉 岩波書店 同時代ライブラリー 1990年初版 400円
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仕事始め。
早速トラブる。
あははのは。
今日、実家からアパートに帰ってきた。約十日ぶりである。
実家の玄関を出るときは、少しは名残惜しい気もしていたのだが、アパートに到着した途端、強い安堵の念に包まれる。ああ、やっと帰ってきたという感じである。
こうしてみると、年末年始の間、父母や弟たちの前で、温厚な長男としての役柄を、それなりに真剣に演じていたのも、何だか他人の猿芝居のように思えてくるから不思議である。私は根っから薄情な男なのだろう。
もっとも、今、全然さびしくない、ということが、若干さびしくなくもないのである。
(写真は昨日撮ったものです)

立川にて知人と会う。
5年ぶりくらいか。それでもあまり昔と変わっていない感じである。
ほっとするような、ものたりないような。
その後ぶらぶらと西立川駅近くにある大型古書店へ。
今日の収穫:
『「いき」の構造 他二篇』 九鬼周造 岩波文庫 1979年 250円
『二葉亭四迷の明治四十一年』 関川夏央 文藝春秋 平成八年初版 800円
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。