皆さま、よいお年を。
といっても同じ県内ですが。
おとといも帰ったし。
西荻窪のライブハウスにて。
歌はすごいなあと思う。
それがたとえ現実を嘆く歌にしても、ここではないどこかを想う歌にしても、
歌は「いま、ここ」に全てがある。
曖昧な後悔と曖昧な期待の間で宙吊りになって、曖昧な沈黙を生きている私には、
ひとは、歌えるのだという、この単純な事実が痛い。
歌は、お前は今、本当に生きるに値する生を生きているのかと、真正面から問いかけてくるからだ。
道端に生えた樹木から、何気なく果実をもぎ取って食べるように、生きたいなあとふと思う。
ムリだけど。
10年ほど前、私はこの界隈に住んでいた。
写真は日光街道と尾竹橋通を結ぶ一本道である。
路地というには広いが、車がすれ違うには少し狭い、つまりは人が歩くのにちょうどよい広さの道である。
わずかに蛇行しながらだらだらと続くこの道を、銭湯への行き帰りに毎日歩いた。
私はなぜとはなしに、この道が好きだった。

昨日の続き。
ここがハイキングの目的地、奥の院である。
この場所には「関八州見晴台」というたいそう景気のよい別名がある。
その名に恥じず、北東から南東にかけて、熊谷の辺から東京、千葉、神奈川に至るまで、関東平野がぐるりと見渡せる趣向になっている。反対の西側は山また山だ。
それにしても寒い。
友人が芋焼酎とお湯を持参してきたので、プラコップでお湯割を作り、ガタガタ震えながら乾杯する。
友人に誘われて、埼玉の山奥へハイキングに出かける。
途中、山中の不動尊でお御籤を引く。
あろうことか、二人とも凶である。
どちらの紙面にも、まるで救いのない言葉が、これでもかとばかりに連ねられている。
鬱屈した田舎坊主のいやがらせだろうという結論に落ち着く。