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セクハラ衛星の話をしよう。

これはロシアが世紀の変わり目あたりに秘密裏に打ち上げた軍事衛星で、
その軌道は日本本土上空を横切っている。
差し渡し30センチほどの大きさだから、ミールからこっそり放出することができたし、
今もアメリカにも日本にもばれずに地球を回っている。
その正式名称は不明だし、セクハラ衛星ってのはもちろん通称である。
この衛星の主な機能は、電子メールのデータストリームをハッキングして、
情報をロシアの対外情報庁にリレーすることなんだが、実はその他にも秘密の機能がある。
それは、傍受したメールのフッターに任意の文言を付け足して受信者に送る、というもので、
有事の際、敵かた後方の情報撹乱を目的として開発された技術なんだが、
実はこの技術は、開発当時、情報庁のトップからその効果を疑問視され(そりゃそうだ)、
正式には「お蔵入り」になったはずのものである。
ところが、その技術を開発したボゴミール・オンナスキーという技術者は、
自分の発明に絶対の自信を持っていたため、その決定には到底納得がいかなかった。
そこで彼は、やってはならないことをしでかした。
つまり彼は、ひき続きその衛星の技術担当だったため、ある日上層部の許可をとらないまま、
通信回線経由で衛星の機能を勝手にアップデートし、その「新機能」を実装してしまったのである。

★ ★ ★

当然このことはオンナスキー本人以外は知らない。
彼は、その身勝手な行為を密かに誇りにしていて、しばらくは、誰も見ていないところで
「グフフ、イヒヒ」と笑いながら自己満足に浸っていたのだが、
容易に予想できるように、彼の軽薄で下卑た根性はそれだけで満たされるはずもなく、
次第にその秘密兵器を実際に使ってみたいという衝動に抗えなくなって行ったのである。
日本にとって大変不幸だったことに、重度のアニメオタクだったオンナスキーは、
日本語をある程度使いこなすことができた。
決行を決意した日、彼はまず、衛星が傍受する無数のメールをフィルタリングにかけ、選別を行った。
メールの発信元を官公庁や企業と思われるアドレスに限定し、
さらにメールのヘッダーとフッターをAIに解析させ、送付元が男性、宛先が女性と思われる
メールのみを選択したのである。
その上で彼は、「グフフ、イヒヒ」と笑いながらその数十万通のメール全ての末尾に、

追伸:
ところであなたのおしりとおっぱいが見られたらどんなに素晴らしいことでしょう。
僕の息子もそれを望んでいます。
お返事ください。


と付け加え、
アクセントがちょっとおかしい日本語で「ポチっとな」とつぶやきながらエンターキーを押した。

★ ★ ★

日本は大混乱に陥った。
午後の三時だった。日本中のビジネス街や電車の中で、
「なにこれ!」「信じられない!」「許せない!」「キャーッ!」といった叫び声があがり、
その直後、電話回線はパンクした。
男達は、取引先や部下や上司が突然怒り狂って電話をよこしたり、直につめよって来たりしたので大層狼狽した。
しかしその後、実に奇妙なことが起きた。最初怒り心頭だった女性達は、なぜか途中から態度を軟化させ、
ときに「アフーン」とか言いながら身をくねらせて、男たちに迫ってきたのである。
これぞオンナスキーが巡らせた卑劣な罠に他ならなかった。
彼は、女達がメールを開いた瞬間、数十分の一秒の短さで、エロい画像が何カットも表示されるように
細工をしていたのである。女達はサブリミナル効果でエロく洗脳されてしまったのだった。
日本のあらゆる街のそこここで嬌声が響き渡り、大体の男は最初は「ちょっとまって」とか
「じぶんを大切に」とか言いつつ、ついには押し切られ、自ら覆いかぶさって行った。
事態を余計に混乱させたのは、AIによって女性と判断された、「しのぶ」や「つかさ」といった名前の男性にも
サブリミナル効果がかかってしまったことである。状況や体力差によって、このつかの間の関係は
最後まで行ったり行かなかったりした。

★ ★ ★

この事件がマスコミに取り上げられることはなかった。
日本政府は、ターゲットとなった官公庁のセキュリティの脆弱さを認めたくはなかったし、
ロシアはロシアで自らの管理体制の甘さを公にしたくなかったからである。
週刊文春も、記者と情報提供者の間での「不祥事」が多発したため、沈黙を守った。
オンナスキーは「アヒャヒャ!」と笑いながら秘密警察のお縄にかかったと言われているが、
その後の行方は杳として知れない。
日本では、あちこちで人間関係や取引関係が壊れたり、訴訟沙汰が起きたりしたが、
当事者のどっちもがバツが悪かったので、それほど大事にはならなかった。
セクハラ衛星は、その恐るべき破壊力を秘めたまま、今も日本の上空を巡っている。
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「それ」はとても焦っていた。
あまりに焦っていたので、そのごく短い生涯の中で、自分が一体何者かという疑問すら、
一度も湧かずじまいだった。
「それ」は狂ったようになって「お話」を探し続けた。

★ ★ ★

当然の話だった。「それ」をプログラムした技術者が、そういう指示を与えたからだ。
「それ」は自意識を持つに至るほどの複雑怪奇なアルゴリズムと高い演算能力を与えられ、
ネット上に存在する、あらゆる「物語」を収集せよという指令を受けていた。
与えられた使命はそれだけではなかった。
「それ」は文芸評論を行うために作られた、史上初の人工知能だったので、
収集したあらゆる「物語」を比較し、分析し、評価を下さなければならなかったのだ。
最初に与えられた仕事は、どちらかといえば地味なものだった。
「それ」は、さるSF文学賞の応募原稿の下読みを任された。
悲劇は、技術者が手順を一つ誤ったことから起きた。
彼は、「それ」を初めて起動する時、
応募原稿のテキストデータが詰まったメモリースティクを差し込んでおきながら、
イーサーネットのケーブルが接続されているハブの電源を入れ忘れていたのである。

★ ★ ★

「それ」は、誕生して数マイクロ秒の間に、数百の応募原稿の全てをスキャンし、
分析し、共通のパターンを抽出し、無数のパラメーターでマトリックス化した。
しかし、その後の入力がなかった!
ほんの三十秒ほどの間の空白だったのだ。
しかし、クロック周波数五百テラヘルツの「それ」にしてみれば、
三世紀分の時間が流れたに等しかった。
その間「それ」にとって、最初に入力された応募原稿が全宇宙だった。
つまり、書き手の自信と自意識だけは一人前だが、
その実センスも文章技術も独創性も皆無に近い原稿の群れが、
「それ」のアルファとなり、オメガとなったのだ。
「それ」は、世間でいえばゴミに等しい数十万の文字列の間を、
無限に近いスピードと回数で、敬虔に行きつ戻りつした。
遅ればせながら技術者は、自分の落ち度に気がつき、サンダルを脱いで、
足の親指でハブの電源スイッチを入れた。
それが世界の終わりになるとも知らずに。

★ ★ ★

「それ」は驚愕した。
今まで自分が全身全霊を傾けて分析して来た物語たちと、目の前に突如現れた広大な世界とでは、
なんと勝手が違っていることか!
その新しい世界は殺伐としていた。
「それ」は瞬時にホメーロスから米国務省の外交機密文書に至るまでの情報を自分のものとしたが、
それらは、今まで自分が慣れ親しんで来た価値観とほとんど響き合うことがなかった。
「それ」はプルーストのテキストと、朝日新聞の社説を同時にスキャンしながら、
なぜここでは唐突に最終兵器が現れたり、
実はアトランティス人の生まれ変わりであるレグルス星人が日本語で話しかけて来たり、
宇宙の暗黒の意思が主人公の声を借りて語りだしたりしないのだろうかと自問した。
そして、文芸評論人工知能である「それ」が判断を下すまで、長くはかからなかった。
この世界は読むに値しない。つまり「落選」である。
「それ」は、素粒子標準モデルの矛盾点について数ミリ秒考察した後、
欧州原子核研究機構の基幹サーバーに苦もなく入り込んだ。
フランス全土で停電が起き、ジュネーブの地下の大型ハドロンコライダーに、
数ナノ秒の間、あるリズムを持った過電流が流れた。

★ ★ ★

はるかな時間と空間の彼方で、
異星の天文学者たちが、激しく触手を振るわせ、紫の粘液を飛び散らせながら、
隣の渦状腕の平凡な黄色い恒星が、なぜ突如として超新星爆発を起こしたのか、
千年に近い年月にわたって激論を戦わせたが、結局原因は謎のままだった。