FC2ブログ

スポンサーサイト

スポンサー広告 --/--/--  ×   ×  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

血盃異聞 最終話



ずいぶん間が空いてしまいました。
結局前回以降、全く筆が進まず、この度、この小説もどきを完成させることをついに断念いたしました。
ただ、以下の最終部分だけは、最初に書き上げてあったので、それを披露してお仕舞いにしたく思います。
オリジナルの「血の盃」は婚礼の席に天井から血が垂れてくる、という話でしたが、
それを曼珠沙華の花びらに変える、というのがアイデアの根幹でした。
ではご笑覧。。。


わたくしはおにいさまが持つ盃のなかに、もっと恐ろしいものを見てしまったのでございます。
それは、目、でございました。
天井にぽっかりと開いた四角の暗闇のふちに、醜く崩れ落ちた顔が覗き、その顔ともいえない肉のかたまりの中で、片目がかっと見開かれ、おにいさまを睨んでいたのでございます。
次の瞬間、落ちてきた曼珠紗華の最後のひとひらが盃の上に落ち、揺れる赤い三日月となって、その地獄絵に蓋をしました。

くらがりに目が慣れていなかったわたくしが、最初に気がついたのは、床で赤いものがちらちらしている、ということでございました。
暗くてただ広い天井裏の、ちょうど奥座敷の真上の辺りに、何か赤いものが、びっしりと敷きつめられていたのでございます。その赤いかたまりの真中から、下の部屋から洩れてくる光が、まるでお芝居の明かりか何かのように、青く真っ直ぐに立ち昇っておりました。
やがて目が闇に慣れてまいりますと、わたくしはその赤いものが何かにようやく気がつきました。それは、一面に敷きつめられた曼珠紗華だったのです。下の奥の間と同じ、ちょうど八畳分の広さの床板が、四角く綺麗に、真っ赤な花びらで、隙間なく埋め尽くされていたのでした。
そうして、その妖しく浮かび上がる花々の上の薄暗がりで、何か黒くて長いものがゆらゆらと揺れておりました。
わたくしは見たのでございます。おねえさまは、梁に縄を渡して首をくくってしまわれておりました。
「おねえさま!」
わたくしは、思わず叫ぶと、梁の上を伝わって、おねえさまのかたわらに走り寄りました。
「たか子!」
と叫んで、おにいさまはわたくしを止めましたが、わたくしは構いませんでした。
「おねえさま!」
わたくしはおねえさまの前に立ち、もう一度呼びかけました。
おねえさまはがっくりと頭を落していて、黒い髪がおどろに垂れ下がり、膝元にまで届いておりました。
そして、左の袖からは、鶏の足のようにやせ細った手がのぞき、その節くれった小さな白い手が、ひときわ大きく、燃えるように咲き誇った曼珠紗華を一輪、しっかりと握りしめておりました。
「おねえさま!」
わたくしは泣き叫びながら、おねえさまに縋りつきました。
すると、だらんと垂れ下がっていたおねえさまの首がゆっくりと持ちあがり、無残に崩れ果てた横顔が現れました。わたくしはなぜか目をそむけることができず、きのうまでは本当におきれいだったおねえさまの変わり果てた姿を、ただ呆然と見守るしかなかったのです。すると、鼻があったはずの場所に開いている暗い穴の上で、見えるはずもない両目がゆっくりとひらきました。そして、何かを探しているように首を回した後、前方の一点をひたと凝視しました。そのとき、がたんと大きな音がしました。その視線の先にいたおにいさまが、腰をぬかして倒れてしまったのでございます。
おねえさまがおにいさまをにらみつけていたのは、どれほどの間だったでしょうか?何も見てはないはずの、灰色に濁った二つの目の奥で、お兄様の震える手が持つ灯明の火がちらちらと燃え上がり、それはこの世のありさまではございませんでした。
そして、その百年にも感ぜられた刹那の後、おねえさまはゆっくりとわたくしの方を向きました。わたくしは、おそろしさも驚きも通り越して、もう何も考えられず、蛇に睨まれた蛙のように、まじまじと見つめかえすばかりでございましたが、その恐ろしい両の目が潤んで、それまで煌煌と映えていた灯明の光をぼやかし、ゆがんだ下まぶたに、小さな輝く珠を作ったのを見て、はっとしました。そうです。それは、わたくしが昔夕暮れに見た、あのやさしいおねえさまが流した涙と同じ涙だったのです。すると、今まできっと閉じられていた口がかすかに開き、奇妙に白く輝く歯の列の奥で、赤い舌が苦悶に身をよじりました。
「燃やして」
おねえさまは、縺れた小声でそれだけ言うと、がっくりと頭を落して、二度と動きませんでした。
それがわたくしの目が見た最後の光景でございます。
その後のことは覚えておりません。ずっと後から聞いた話では、わたくしは獣のように泣き喚きながら、奥座敷の灯明を倒してまわり、屋敷はあっという間に炎に包まれたそうでございます。これも小酒井さまの小説では違ったことになっておりますが、実はおにいさまの右目の火傷も、わたくしが起こした火事のせいなのでございます。焼け跡からは、おねえさまの骨は見つからなかったと言います。おにいさまにうつされた病気が、おねえさまの体の芯まで蝕んでいたので、骨ももろくなっていていたのだろうと聞きました。それなのに、おねえさまは、死ぬ間際まで、ほんとうにきれいなお姿のままでした。不思議なことですが、わたくしは、おねえさまのおにいさまへのすさまじい一念が、最後の最後まで美貌を保たせたのではないか、と思うのでございます。愛しく思う心ではなく、憎しみが、女を美しくすることもあるのです。そうして、愛しく思うのと、憎むことは、それほど違ったことではないのです。
 もう一つの不思議がございます。目が見えず、体も弱りきったおねえさまが、どうやってあれだけの曼珠紗華の山といっしょに、屋根裏に潜むことができたのか。

わたくしはその日から、全く口をきかぬようになり、この山奥の病院の小部屋で、殆どの時間を眠って過ごしました。これも後からひとに聞かされた話でございます。
こうして十五年の年月がすぎたある日、わたくしはようやく正気に戻ったのですが、なぜかその時にはわたくしの目は、全く何も見えなくなっていたのでございます。
そのころには、父も母もおにいさまもとうに亡くなっており、わたくしは天蓋孤独の身となりました。
でも、めしいだ女ひとりの身を憐れんでくださったのでしょう。院長先生が、
「あなたの心の病はもうすっかりよいのだが、このまま世間に出ても暮らしが立たないでしょう。よければここでお暮らしください」
と言ってくださり、お恥ずかしいながら、以来ずっとこちらに身を寄せさせていただいているのでございます。本当にありがたいことです。

今は昭和三十一年でしたかしら。そうすれば、あの事件から五十年も経ったことになりましょうか。わたくしには昨日のことのように思い出されますのに。
そうでございます。おねえさまの足元に、まるでジャンヌ・ダルクを焼いた炎のように敷きつめられていた曼珠紗華!おねえさまの左手に握られていた大きな赤い曼珠紗華!今でもその場にいるように、わたくしの心の中では、その絵がくっきりと像を結んでいるのでございます。今のわたくしに、他に見えるものはなにもございません。ああ、かわいそうなおねえさま!なんであんなことになったのかしら。わたくしはイヤです。耐えられません。
おねえさまにあんな仕打ちをした、神様が許せません。
でも、実はわたくし、知っているのです。
今までわたくしが申し上げたことは、すべて、全部、嘘なのでございます。
そうです。
わたくしは今、夕暮れのお社さまで、やさしいおにいさまとおねえさまの間に座って、おにいさまとおねえさまの子供になって、きれいな曼珠紗華のお菓子を頂いて笑っているんですわ。きっとそうにちがいありませんとも。
そうです、そうです」
スポンサーサイト

COMMENT









 

TRACKBACK http://moocontinent.blog65.fc2.com/tb.php/1030-043318f7

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。