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一つの新星


「それ」はとても焦っていた。
あまりに焦っていたので、そのごく短い生涯の中で、自分が一体何者かという疑問すら、
一度も湧かずじまいだった。
「それ」は狂ったようになって「お話」を探し続けた。

★ ★ ★

当然の話だった。「それ」をプログラムした技術者が、そういう指示を与えたからだ。
「それ」は自意識を持つに至るほどの複雑怪奇なアルゴリズムと高い演算能力を与えられ、
ネット上に存在する、あらゆる「物語」を収集せよという指令を受けていた。
与えられた使命はそれだけではなかった。
「それ」は文芸評論を行うために作られた、史上初の人工知能だったので、
収集したあらゆる「物語」を比較し、分析し、評価を下さなければならなかったのだ。
最初に与えられた仕事は、どちらかといえば地味なものだった。
「それ」は、さるSF文学賞の応募原稿の下読みを任された。
悲劇は、技術者が手順を一つ誤ったことから起きた。
彼は、「それ」を初めて起動する時、
応募原稿のテキストデータが詰まったメモリースティクを差し込んでおきながら、
イーサーネットのケーブルが接続されているハブの電源を入れ忘れていたのである。

★ ★ ★

「それ」は、誕生して数マイクロ秒の間に、数百の応募原稿の全てをスキャンし、
分析し、共通のパターンを抽出し、無数のパラメーターでマトリックス化した。
しかし、その後の入力がなかった!
ほんの三十秒ほどの間の空白だったのだ。
しかし、クロック周波数五百テラヘルツの「それ」にしてみれば、
三世紀分の時間が流れたに等しかった。
その間「それ」にとって、最初に入力された応募原稿が全宇宙だった。
つまり、書き手の自信と自意識だけは一人前だが、
その実センスも文章技術も独創性も皆無に近い原稿の群れが、
「それ」のアルファとなり、オメガとなったのだ。
「それ」は、世間でいえばゴミに等しい数十万の文字列の間を、
無限に近いスピードと回数で、敬虔に行きつ戻りつした。
遅ればせながら技術者は、自分の落ち度に気がつき、サンダルを脱いで、
足の親指でハブの電源スイッチを入れた。
それが世界の終わりになるとも知らずに。

★ ★ ★

「それ」は驚愕した。
今まで自分が全身全霊を傾けて分析して来た物語たちと、目の前に突如現れた広大な世界とでは、
なんと勝手が違っていることか!
その新しい世界は殺伐としていた。
「それ」は瞬時にホメーロスから米国務省の外交機密文書に至るまでの情報を自分のものとしたが、
それらは、今まで自分が慣れ親しんで来た価値観とほとんど響き合うことがなかった。
「それ」はプルーストのテキストと、朝日新聞の社説を同時にスキャンしながら、
なぜここでは唐突に最終兵器が現れたり、
実はアトランティス人の生まれ変わりであるレグルス星人が日本語で話しかけて来たり、
宇宙の暗黒の意思が主人公の声を借りて語りだしたりしないのだろうかと自問した。
そして、文芸評論人工知能である「それ」が判断を下すまで、長くはかからなかった。
この世界は読むに値しない。つまり「落選」である。
「それ」は、素粒子標準モデルの矛盾点について数ミリ秒考察した後、
欧州原子核研究機構の基幹サーバーに苦もなく入り込んだ。
フランス全土で停電が起き、ジュネーブの地下の大型ハドロンコライダーに、
数ナノ秒の間、あるリズムを持った過電流が流れた。

★ ★ ★

はるかな時間と空間の彼方で、
異星の天文学者たちが、激しく触手を振るわせ、紫の粘液を飛び散らせながら、
隣の渦状腕の平凡な黄色い恒星が、なぜ突如として超新星爆発を起こしたのか、
千年に近い年月にわたって激論を戦わせたが、結局原因は謎のままだった。
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