FC2ブログ

スポンサーサイト

スポンサー広告 --/--/--  ×   ×  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

A HAPPY END その1



昔々、ある山あいの村に、与平という若い男がいた。
与平は早くに両親をなくし、一人で村はずれのあばら家に住んでいた。
万事ものにこだわらない質(たち)で、口数は決して多い方はなかったが、ほがらかで、よく働く男だった。
貧乏だったが、なかなかの男ぶりだったので、時に浮いた話のひとつやふたつは持ち上がらないでもなかった。
ところが、結局いつも、もの別れに終わってしまうのだった。
彼の態度があまりにあっさりしているため、女の方が愛想を尽かしてしまうのである。
どう一生懸命しなを作っても、料理に腕をふるっても、
「そうか」
の一言で終わってしまうのだ。暖簾に腕押しなのだった。
また、与平も去って行く女を、決して深追いはしなかった。
「そうか」
彼はそう言って笑い、何ごともなかったように元の生活に戻るのである。

ある晴れた秋の日、与平は山に入って薪を拾っていた。
すると、山道から少し外れた薮の中から、突然、ケーン、ケーンと苦しげな鳴き声が上がった。
与平が覗き込むと、そこには大きな鶴が一羽、バタバタと必死で羽ばたきながら、
地面から離れられないでいた。
見ると、狐の罠にはまっていたのである。
与平は近寄ると、鶴の足から虎ばさみを外してやった。
鶴は与平を恐れて、羽で顔を打ったり、長い首を振りかぶってくちばしでつついたりしたが、
彼は平気の平左で罠から外した鶴の足を持ち上げた。
傷口から血が幾筋か流れて、握っている与平の手を汚した。
与平は、バタバタと暴れる鶴を片手で持ったまま、ブナやクリが生い茂る斜面をずんずんと下りて、
谷底を流れる小川に出た。
彼は、せせらぎに鶴の足をひたしてよく洗ってやると、自分の着物の端を少し割いて、傷口に巻いてやった。
「それ」
与平は笑って声をかけ、鶴を離してやった。
白い翼が大きく広げられ、水晶のように透き通った秋の陽光を一身に受け止めた。
きらきらと輝く川面と、黄金色に染まったブナの木々を背に、その大きくて美しい鳥は高く飛び立った。
そして、中天にのぼった太陽の周りを巡るようにして、三度輪を描くと、
ケーンと一声高く鳴いて、そのまま山の奥の方へ飛び去った。
与平は額に手をかざして少しの間見送ると、きびすを返して元来た山道に戻って行った。

それからしばらく後の、ある晩である。
与平の家の戸を叩く者があった。
与平が、建てつけの悪い板戸をガタガタと開けると、外に一つの影が立っていた。
灯りといえば、後ろでちろちろと燃えている囲炉裏の火だけだったので、しかとは見分けがつかないが、
どうやら若い女のようだった。
女は涼やかな声で言うのである
「旅の途中で行き暮れました。今夜一晩、お宿をお借りしたく思います」
「どうぞ」
与平はこともなげに女を中に招き入れた。
戸口に立ったその見知らぬ女は、歳の頃はまだ二十歳になるかならないかだろうか、
小柄でほっそりとしていて、質素だがこぎれいな身なりだった。
薄黄色の小袖は洗いたてのようで、旅の埃を被った様子もない。荷物も持っていなかった。
笠も手ぬぐいも被らず、つややかな黒髪を肩まで垂らして、色白の小さな顔のなかで、
黒目がちの二つの瞳がじっと与平を見つめていた。
うす桃色の小さな唇が動いた。
「ありがとうございます。さぞかしご迷惑でしょうが」
「いえ、ご覧の通り何もありませんが、夜露くらいはしのげるでしょう」
そう言って、与平は足を洗う桶を取りに行った。
女は待っている間、戸口に立ちつくしたまま、みすぼらしく、がらんとした男所帯を眺めるのである。
右から左に首を回して瞬きもせずに見やる女の視線の先には、確かに何もない。
粗末な板敷きの床の真ん中で、囲炉裏が小さく燃えている。隅に菰(こも)が一枚、たたんで置いてある。
ただ、それだけ。ぐるりの土壁は、あちらこちら崩れかけていた。
奥から、水を張った桶を手に、与平が現れた。
「さあ、これで足をぬぐいなさい」
言われるまま、女は上がりかまちに腰をかけて草履を脱いだ。
女が足袋を脱ぎ、小さな、雪のように白い右足をそっと桶に入れた時、女の顔に少し、とまどいが現れた。
しかし、その時与平は鍋を鉤に吊るしていたので、それに気がつかなかった。
わびしい夕餉はもう済んでいたが、汁がまだ少し残っていたのだ。
旅人は腹を空かせているはずだった。

女は、部屋の隅の壁際に座って、静かに汁を食べた。
「そこでは暗くて寒かろう。もっと火の近くに寄りなさい」
と与平が勧めても、
「いえ、わたしはここで」
と言って動かない。
そして、空になった椀と箸を丁寧に前に置くと、
「ごちそうさまでした」
と言ったまま、その後はじっと与平を見つめているのだった。
与平は、囲炉裏端で肘をついて横になりながら、小枝で火をかき回した。
パチパチとはぜる火の向こうの暗がりで、ただ静かに座ってこちらを見ている女がいったい何を考えているのか、
与平にはさっぱりわからなかったが、それはさしあたって大きな問題ではなさそうだった。
与平をとろとろと眠気が襲った。
「俺はもう寝るが、あなたはその菰でもかぶりなさい、汚くてすまないが、暖はとれるから」
「それではあなたが寒いでしょう」
「いや、俺はこうして火のそばで寝るからいい」
与平はあくびをして仰向けになり、目を閉じた。
「それでは」
と、女の声が答えて、ごそごそと菰を広げているらしい音がした。
かと思うと、与平の体に、ふわっと菰がかけられた。
それから、暖かい体がもぐり込んできた。
「そうか」
与平は言った。

そのまま、幾日かが過ぎた。
女は、「つう」と名乗った。自分からではない。
最初の夜が明けてから、与平に聞かれて初めて名乗ったのである。
もっとも、与平はそれ以上のことを聞かなかった。
二人は朝、貧しい朝餉を分け合い、与平はいつものように野良仕事に出かけた。
夕方戻ると、つうはまだ家にいた。夕餉の支度までできていた。
菜は、いつもと同じ、粟と麦と大根だったが、不思議なことに、大層おいしくできていた。
与平は一口すすって、
「ほう」
とだけ言うと、後は無言で食べ続けた。
つうは、そんな与平を黙って微笑みながら見ていた。

「与平は、嫁は取らないのかえ」
つうは、与平の裸の胸に頬を預けながら、聞くのである。
もう半ばうとうとしながら、与平は答える。
「俺の稼ぎでは、俺ひとり食うのでせいいっぱいさ」
かなり直球の攻めに対して、一般論でかわされてしまった。
しかしつうはあきらめない。
「じゃあ、二人で食べられさえすれば、あたしを嫁にするかえ」
「ああ、するする」
与平は眠りに落ちた。
つうは、暗がりの中で目を見開いたまま、しばらく何か思案している様子だった。

翌朝、与平が目覚めると、もう囲炉裏には鍋がかけてあり、こぽこぽとおいしそうな湯気を吹き出していた。
裏口からつうが、薪を抱えて現れた。
あねさまかぶりにたすきがけ、着物の端をからげて素足をさらしている様はもう一人前の女房である。
つうはまだ寝転んでいる与平の頭の元にぺたんと座って、薪を何本かくべたあと、汁を椀に盛りはじめた。
漂ってくる、味噌のいい匂いが与平の頭をはっきりとさせ、彼はよっこらせと起き上がった。
戸口から晩秋の朝の光がしらじらと差し込んで、鍋から湧く湯気を青く染めていた。
二人はしばらく無言で朝餉をかき込んでいたが、つうは箸を止めると、奥の部屋を貸してほしい、と言い出した。
部屋とはいっても、わずかな道具が放り込んであるだけの、物置同然の狭い土間である。
「いいよ」
与平は箸を止めぬまま言った。
つうが、椀を片付けるために立ち上がった。すると与平の目に、彼女の右足の白くて華奢なくるぶしの少し上に、
汚い布が巻きつけてあるのが見えた。
与平の手首ほどの太さもないつうの足首に、三重に巻かれているその細い布は、洗いざらして垢は抜けていたが、
所々、黒い染みが抜けずにブチになっていた。
「何だい、それは」
聞くともなしに、与平は尋ねた。
つうは振り向いて、自分の足下を見ると、ハッと気がついて顔を赤らめた。
「何でもないよ。お守り」
そう言い捨てて、つうは、パタパタと走って奥に消えた。
「そうか」
与平は立ち上がって、野良仕事へと出て行った。
スポンサーサイト

COMMENT









 

TRACKBACK http://moocontinent.blog65.fc2.com/tb.php/1069-61ccf2a6

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。