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A HAPPY END その2


もう、秋もずいぶんと深まっていたので、
その日の仕事といえば、山の端で切り株の根っこを掘り返すことぐらいだった。
難儀な仕事だったが、与平は無心に鍬を振るった。
太陽はゆっくりと里から山へと動いてゆき、午後のひんやりとした秋の風が、
汗の流れる首筋を優しく愛撫した。
与平にはそれで十分だったのだ。今までは。
しかし、ごく開けっぴろげで陰影というものがない彼の心の中にも、
なにがしかの新しい動きが始まっていた。
向こうでそよいでいるすすきの群れを見ると、その涼やかで優しく、おごったところのない動きが、
何とはなしに、つうのことを思い起こさせた。
今日の骨折りが終われば、家でその女が待っているのだった。
「そうか」
与平は一人、ほほえんだ。

足早に日が暮れた。心なしか急いで家路につく与平の頭の上では、空はもう青黒く沈んでいた。
冬が近いこの頃は、虫の声もだいぶ弱々しく、まばらになってきた。
与平がガタガタと木戸を開けると、中は真っ暗だった。人の気配がなかった。
与平は家の裏手に回った。ただ、小川の流れる音だけが、こぽこぽと響いていた。
夕闇の中で、柿の木が、低いあばら家におおいかぶさるようにして両腕を広げ、
くろぐろと、無言で立ちはだかっていた。
与平は家に戻り、闇の中、小枝で囲炉裏をかき回し、灰の中から熾火を掘り出した。
火がつくと、がらんどうの部屋の中がまざまざと照らされた。
「そうか」
与平はそのまま寝てしまうことにした。

その夜半のことである。
与平はふと、目を覚ました。
裏手で、なにやら人の声がしたようだった。与平は聞き耳を立てた。
確かに、何人かが、声を潜めて話し合っているようだった。
何を言っているかは聞き取れなかったが、皆、奇妙に甲高い声の持ち主のようだった。
しゃべっているのが男か女かもわからなかった。
声が近づいてきて、裏の小部屋でゴトゴトと、何か重いものが運び込まれる気配があった。
物音がおさまると、声はだんだんと遠ざかって行った。不思議なことに、その裏声のようなざわめきは、
上へ、空の方へと消えて行くようだった。
と思うと、裏の戸を閉める音がガタガタと聞こえた。そっと閉めたつもりなのだろうが、建てつけが悪いので、
どうしても家中に音が響いてしまうのである。その上、音をひそませる意味があまりなかった。
裏手から現れたつうは、寝ている与平に駆け寄って、がばりと抱きついた。
その、確かな重みと暖かさは、与平についさっきまでの怪異を忘れさせるに十分だった。
与平は黙ってつうの肩を抱いてやると、ぬくもりと安堵の中で、再び眠りに落ちた。

翌朝は、与平の方が早く目を覚ました。傍らで眠っているつうを起こさぬように、そっと起き上がると、
肩に菰をかけ直してやった。裏戸を開けると、ちょうど低い空にたなびく雲の間から、朝日が顔を出した。
与平は伸びをして、小川で口をゆすぎ、顔を洗った。ずいぶんと腹が空いていた。
さて、裏から部屋に戻る時、与平は初めて、夕べの不思議な出来事を思い出した。
裏の部屋をそっと覗いて見た。すると、狭い土間いっぱいに、大きくて立派な機織り機が据えられていた。
大概のことには驚かない与平も、これにはさすがに言葉がなかった。
呆れて、つうのいる表の部屋を見ると、いつの間にかつうは半身を起こしていて、与平をじっと見ているのである。
それは、最初の晩に与平を見ていた目と、同じ目だった。
そうして、改まって正座をすると、与平にこう言うのである。
「今夜から七晩、あたしは錦を織って、お前にあげるから、それを町で売るといい」
「そうか」
与平に特に異論はなかった。
「それで、あたしたち二人で食べていける。だからお嫁にして」
「ああ」
いともあっさりと、与平は答えた。
「でも」
と、つうはしっかと与平の目を見すえて言った。
「あたしが機を織っているところは、絶対に覗かないで」
「ああ」
またしても、与平はあっさりと答えた。
「ほんとよ」
「わかった。約束する。それより腹が減ったよ」
つうは与平の心を計るように、しばらく黒目をひたと据えていたが、この男の心に、裏などありようもないのだった。
何となく、物足りなさを感じながらも、つうは朝餉の支度を始めた。
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