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帰り行く場所


 一昨日の夜明けから昨日にかけて、ずっと腹痛と下痢と悪寒に苦しめられていた。風邪かも知れないし、あるいは今流行りのノロウイルスとかいう奴かも知れない。とにかく今は腹痛もほぼ収まり、生姜湯など飲みながら、この文章を打ち込んでいるのである。やれやれ。
 一昨日はひたすら精神と体力を消耗した一日だった。私は終日ベッドの上で、海老のように体を反らせたり丸めたりして悶絶していたのである。寄せては引く腹痛のリズムに支配されて、浅い眠りに落ち込んだと思ったら、うめき声を上げながらすぐに目覚めてしまう。そのまま脱兎のごとくトイレに駆け込む。そんな繰り返しが、12時間以上も延々と続いたのだった。
 眠っている短い間は夢を見ていた。しかしその途切れ途切れの夢は、それぞれ前の夢とつながっていて、全体で一つながりの長い長い悪夢をなしていたのである。午前中から夜まで続いたその大長編劇の前半では、私は休むことなく仕事をしていた。後半では受験生となって、大学入試を受けていた。つまり、まるで気の休まらない夢だったのだ。おまけに腹痛は夢の中まで容赦なく追いかけてくる。
 この苦行のような夢全般については、あまり語る言葉を持たない(今思い出してちょっと面白いと思うのは、入試に出てきた「ニーチェは一輪車をハンドルがないゆえに賞賛し、逆に二輪の自転車を非難した。ニーチェの理想とする自転車を図示せよ」という問題くらいである)。これから語ろうと思うのは、その夢の中の、ほんのささやかな幕間劇にあたる部分である。


 翌日の仕事に着てゆくYシャツがないので、私は5年ほど前まで住んでいたアパートを訪てみることにした。もしかして一着くらいは、そこに置き忘れているかも知れないと思ったのである。
 R**荘は、東京はS区のT界隈にある。古本屋街を左に折れ、だらだらと続く下り坂を途中まで下りて、さらに左の小路に入り込むと、そこに古い家屋の立ち並ぶ、昭和初期にタイムスリップしたような一角がある。そしてその入り口で、果たしてその古めかしい木造のアパートが、5年前と変わらぬ姿のまま門を構えていたのである。
 アパートの前で、初老の男が箒をかけている。大家だ。私は、彼に不審がられるのではないかと一瞬警戒したが、大家は私をじろりと一瞥すると、「どうも」と言って、再び箒をかけ始めた。つまりは5年前と変わらぬ、いつもの大家である。
 私は目礼をして彼の脇をすりぬけ、風呂屋のような瓦葺の庇が張り出した、これまた風呂屋のように間口の広い共同玄関に上がりこんだ。靴の脱ぎ方にうるさい住人がいたことを思い出して、土間の隅っこに丁寧に靴を置くと、ひんやりとした板張りの廊下の突き当たりにある階段をそろそろと上る。あたりはしんとして人の気配がない。このアパートは、外見は2階建ての長屋だが、戦災を逃れた大正時代の木造建築の生き残りである。元は旅館だったらしいと聞く。だから、現代のせせこましい建築とは違い、廊下や階段の幅が広く、どっしりとしている。ところが戦後も建て増しに建て増しを重ねた結果、この建造物の内部は、まるで迷宮のように入り組んだものになってしまった。私は4年の間そこに暮らしていながら、ついにその全体像をつかむことができなかったのである。
 例えば、共同便所の隣のいつもは南京錠がかかっている木戸が、時々小さく開いていることがあった。私はある日、好奇心に駆られてそこを覗きこんだ。昼間だというのに、扉の中は日が暮れた後のように薄暗かった。それでも黒光りする廊下が、建物の最深部に向かって、真っ直ぐに伸びているのが見えた。私はなぜともなしに息を潜め、足音を忍ばせて奥へと進んで行った。するとその曲がった先に、何十畳もあるような座敷が忽然と現れた。無人の座敷は闇に閉ざされ、湿った黴の臭いを漂わせて沈黙していた。恐らく何十年も使われていないのだろう。だがなぜか、灯明が一本だけ灯り、床の間のあたりをぼんやりと照らしていたのである。黄ばんだ掛け軸の下半分だけが闇の中に浮き上がり、斜めに羽を広げた大きなアゲハチョウが、荒い筆致の墨で描かれているのが見えた。
 その座敷の奥にも、いくつか広間が続いているようだったが、私は、闇に浮かぶアゲハチョウの絵を見ているうちに、急に恐ろしいような居たたまれないような気持ちに襲われて踵を返した。そして戸口の外の真昼の世界に急いで引き返すと、素潜りをしていた潜水夫のように、大きく深呼吸をしたのだった。
 またある時は、家賃を納めに、大家の居住する中二階とも離れともつかない曖昧な場所に行く途中、いくつか曲がる場所を間違ってしまい、蔵の中のような、がらんとした空間に出てしまったこともある。十メートル四方はありそうな、その暗い部屋の中は空っぽだった。上を見上げれば、そこには天井がなく、黒くて太い梁が縦横に走って、高い三角屋根を支えていた。そこから昔の商店の屋号らしきものが大書きされた、青や赤の縦幕がいくつも下がり、高いところから差し込む幾筋かの光の束の中で、ゆらゆらと音もなく揺れていた。
 さて、私のかつて住んでいた部屋は、階段を上がって手前に折れ、廊下が十字に交錯している場所の、左奥の角の六畳間である。昔の下宿屋のままに、部屋と廊下は襖で仕切られているばかりなので、誰でも開けて入ることができる。私はかつてのように、何の遠慮もなく襖を開けた。すると驚いたことに、部屋は昔私が暮らしていた当時の姿のまま、そこにあったのである。
 古道具屋で手に入れた、黒塗りの塗料が剥げかけた座り机も、安っぽいピンクの布団を被せた小さなコタツも、質素な木製の本棚もそのままである。床に投げ出されている本の山といい、コタツの台の上の、飲みかけの安ウイスキーの瓶といい、5年前の私が、今しがた、どこかに買い物に出たばかりという感じの乱れ方である。
 驚き呆れながら部屋の中を見回していると、もう一つ、不思議なことに気がついた。廊下と反対側の壁には、たしか以前は何もなかったはずなのに、そこにいつの間にか襖戸がついていたのだ。押入れか何かと思って開けてみると、その奥にもまた部屋があった。
 西日がカーテンを透かして、その六畳間全体を緑色に染めていた。そこの壁際にも質素な座り机と本棚が並んでいて、明らかに誰かが生活している気配がある。しかし、その部屋に踏み込んで、あれこれと眺め回しているうちに、不思議な既視感が沸き起こってきた。これらの見知らぬ調度も、見知らぬ本たちも、たしかに私のものであるような気がしてきたのである。空色のペンキが塗られた、中学生の木工細工のような低い本棚も、壁にかけてあるクレーの複製画も、座椅子に乗っている色あせた座布団も、机に乗っている丸くて赤い置時計も、古本屋のワゴンで買い集めたのと思しき、黒ずんだ「世界文学全集」の列も、深い森の底を思わせる緑の光を浴びながら、この私をずっと待っていたのではないかと思われた。私は物思いに沈んだ。私はどれだけ長い間、この小さな王国を忘れ果てていたのだろうか。
「ちょっとHさん!」
 振り向くと、廊下と部屋の境目に、大家の奥さんが腕を組んで立っていた。私がへどもどと挨拶をしようとするのを無視して、彼女はさらに続けた。
「困ってたんですよ。部屋を出たまんま、ちっとも荷物を片付けに来ないんですから。おかげで次の人を入れようにも入れられやしないじゃないですか」
「この部屋は?」
「ああ、この部屋の人もね、あなたが入ってくるずっと前に出ていったっきりなんですよ。全く迷惑だったらありゃしない」
 私は決心をつけた。
「あの、これだけ迷惑をおかけしながら、何なんですが…」
「何ですか?」
「また、ここに住まわせてはもらえないでしょうか」
 何、クーラーがなかろうが、風呂がなかろうが、水道とトイレが共同だろうがかまうものか。私はここに戻ろう。この荒廃と安らぎが相半ばする我が故郷に。


 …こうした夢から目覚める瞬間には、必ず位置感覚の混乱が伴う。私は最初、自分がどこにいるのかさっぱりわからない。枕の上で首を回し、ぼんやりと部屋の中を見渡す。襖があるべきところに窓がある。いや、ここはR**荘ではないのだ。だとしたら、ここはどこだろう。今、部屋の外の階段を駆け下りている足音は、洗濯物を下ろしている母のもの? いや、知らぬ人だ。
 こうして私は、眩暈を誘うトポロジカルな激変を何度か通過しながら、徐々に、視界の外にある空間の広がりと、自分の歴史のつながりを再構築してゆくのである。そしてやっと、ここがすでに5年の月日を過ごしているS市のアパートであることを思い出す。さらに驚きの事実が私を襲う。私はかつて、R**荘なるアパートに住んだことはおろか、その前を通り過ぎたことすらないのだ。R**荘はこの世に存在しないのである。
 確かに私は以前、S区のT界隈の古い木造アパートに住んでいたことはある。しかし、そのアパートは夢の中に出てきた場所とは駅を挟んで反対側だし、あれほど入り組んだ迷宮のような建物でもなかった。私は黒い座り机も、ピンクの布団を被せたコタツも持ったことはない。あの界隈に、戦災を逃れた一角などは存在しない。あそこには、以前私が勤めていた会社の事務所があったのだ。眩暈に似た喪失感が雪崩のように襲ってくる。同時に雪崩のような下痢。私はトイレに駆け込む。
 ひとごこちついて、ベッドに再び横になりながら、ぼんやりした頭で思い出す。いや、私は確かにあの迷宮めいた心地よい場所に、何度となく行ったことがあるのだ。夢の中でのことではあるが。私は、いくつかそういう秘密の場所を持っているのである。私は戯れに、それらを結び付けて、私の夢の世界の地図を引いてみようと試みる。まあこういう退廃も、病気中なら許されるだろうと思いながら。
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家屋をよく見てみると  家屋をよく見てみると  2007/04/18 02:25
便所は多くの国で個室となっているが、中には仕切りのない国もある。また、用を足したあとの始末にはトイレットペーパーを用いず水洗する習慣を持つ国(写真のインドやトルコのように、個室内に蛇口がある)もある。水を用いる地域は気温の高い場所であることが多い。世界的
木製がいいと思う  座椅子を攻める  2007/07/26 17:42
なかなか丈夫な作りですが、1個ガタガタしているのが残念。丈夫な作りの分、ガタガタ音も結構ウルサイ・・・。自分で直せるかなぁ・・・。(汗※ネジを絞めたりゆるめたりしましたが直らなかったので、厚紙を何枚か挟んで対応しました。・ミニ旅■京都シネマ・コタツ・新婚

 

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