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『気球に乗って五週間』

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『気球に乗って五週間』
ジュール・ヴェルヌ 手塚伸一 訳 集英社文庫 1993年


 ヴェルヌが生涯にわたって書きつづけた、六十編以上もの「驚異の旅」シリーズの記念すべき第一作である。
 物語は、イギリス人の科学者が、友人と召使と共に、新発明の気球に乗ってアフリカ大陸を横断するというもの。本書が書かれたのは1863年である。そのころの西欧にとって、アフリカはまだまだ多くの未踏の土地を隠し持った神秘の大陸だったのだ。
 どこかでだれかが、ある芸術家の処女作には、その作者が後に生み出すであろう全ての作品が凝縮されているというようなことを書いていた。確かにこの小説ではヴェルヌの魅惑の全てが、すでに完成された形で花開いている。ジャーナリストのヴェルヌと夢想家のヴェルヌが、すでに分かち難く一体となっているのである。
 ところで、空想的な読書が与えてくれる至高の喜びとは何だろうか。それは、われわれの形をなさないおぼろな夢が、明確なイメージの連なりとなって、奇跡のように眼前に現れることではないか。そう、私は確かにかつてこのように空を飛翔したことがある。いや、それは「かつてあった」ことへの追憶ではなく、「かくありたい」ことへの憧憬や渇望なのかも知れない。とにかく私は確かに知っているのだ。一面の緑の草の海の上を、微風に乗ってゆっくりと運ばれて行く快楽や、まるで地球の自転そのもののように、次々と眼前ににせり上がって来ては後方に流れ去って行く大地の起伏を。月光に照らされた雲海の美しさを。そして急激に迫ってくる地面との激突の恐怖を。しかも不思議なことに、この「私は昔から知っていた」という確信は、今しがた、生まれて初めてもたらされたものなのだ。
 本書は、飛翔の夢の様々な原型を、宝石箱のように詰め込んでいる。そしてそこには墜落の夢も含まれている。われわれは、心地よいゆったりとした浮遊の夢から、急激な落下の感覚と共に目覚めることがないだろうか。ヴェルヌの飛行の夢も、そのようにして終わるのだ。気球のヴィクトリア号は、最後にセネガル川の上に不時着し、一瞬で急流に飲み込まれてしまうのである。以前も書いたが、ヴェルヌの小説の主人公たちは、必ず最後には未知の世界から住み慣れたわれわれの世界に帰還してくる。そして、彼らを冒険へと連れ出す様々な乗り物は、彼らを再び元の世界に連れ戻す使命を完了したとたんに、決まって跡形もなく破壊されてしまうのだ。というより、それらが破壊されることによって、主人公達は夢の世界から現実の世界への帰還を余儀なくされるのである。なぜか。それは、終わらぬ夢はないし、終わらぬ物語もないからだ。
 だから、われわれは目覚めた後、突如として実はこれらの乗り物こそが、夢そのもの、物語そのものであったことを知るのだ。ヴィクトリア号も、ノーチラス号も、アルバトロス号も、スクリュー島も、ロケット弾も、実は空間の中を移動する物体ではなく、一つの世界全体だったのである。これらの心地よい小部屋の周りに、全宇宙はパノラマのように投影され、ぐるりと一回転したのだ。つまりそれらは、最後に破壊されることによって、逆説的に己の存在を、全宇宙に拡大するのである。いや、己の中に全宇宙を飲み込んでしまうといった方がよいのかも知れない。重ねて強調すれば、われわれがその小宇宙の全体像を知覚するのは、夢の中ではなく、あくまで目覚めた後、物語が終わった後、それら海や空を駆ける機械が破壊された後である。このフラッシュバックに似た全体的な知覚のありかたを、あるいは批評といっても良いのかも知れない。とにかくヴェルヌは夢を知っていただけではなく、覚醒がどのようなものなのかもよく知っていたのだ。物語はその終わりを、夢は覚醒を必要とする。

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原書(エッツェル版)の挿絵。 雲の中の蜃気楼。
Cinq semaines en ballon: voyage de découvertes en afrique par trois anglais 1863
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COMMENT

Yonda? URL @
06/12 23:00
うへっ!. 

みにくいです! 11時閲覧♪
ムー大陸 URL @
06/12 23:28
ひどい. 

6時間の苦闘を一言で否定しないようにw
っていうか、遊んでるうちに戻し方が分からなくなってしまった。。。
Yonda? URL @
06/12 23:42
ごめんなさい……. 

だけど、ほんと、かなりみにくいです。
あたかも閲覧を拒否しているかのごとくであります。
もとに戻せないのでしょうか。

やはり背景は無地のほうが……。
ムー大陸 URL @
06/12 23:57
これでどうだ. 

なんかもうやんなっちゃいました。
いい加減メシを喰わねば。
Yonda? URL @
06/13 00:14
ほう!. 

背景が文面に入っていない。
これはいいです。けっこうであります。
しかし、まえの単色(暗い緑)のほうが……。
ここの主人はムー大陸さん。
これ以上は失礼にあたります。
ちなみにこの背景は「北斗の拳」の影響ですか。

いまからメシ(夕飯)?
たいへん健康的な生活をお送りで(苦笑)。
Yonda? URL @
06/13 00:17
わかりません. 

見やすい。見にくい。
どちらか。わからぬ。
ごめんなさい。
あしたしらふで正式な感想を。
ムー大陸 URL @
06/13 01:50
ふう. 結局おさまるところはこのへんかと。

>しかし、まえの単色(暗い緑)のほうが……。

今までの緑、自分のPCのぼろモニターで見てる限りはいい感じなのですが、この間、実家で新品の液晶モニターを通して見たら、ちょっと明るすぎて、しっくりこないイメージだったのです。

さて、やっとご飯が食べられるw
Yonda? URL @
06/13 19:43
ふむ. 

アートな感覚ですね。
幾何学模様。
いいと思います。

ちょっとした因縁で太宰の小説を。
いやあ、読みにくい。
純文学って、つまらないですね。驚きました。
学生が読む小説というイメージ。
ムー大陸 URL @
06/14 00:50
ふむふむ. 

>アートな感覚ですね。

ほめてないでしょw

>学生が読む小説というイメージ。

ってことは、わりと初期のものを読んだのではありませんか?
もし未読なら、騙されたつもりで『斜陽』を読んでみてください。
ぜひぜひ。
Yonda? URL @
06/14 06:27
おはよー♪. 

「右大臣実朝」とかいうやつです。
あのAさんに読めと強制されていたので。
なんでもじぶんは実朝の境地だとか(苦笑)。
あと30ページくらいで読了。

「斜陽」は高校生のときだか読みました。
あ、スープになにか入っている。
で、始まる小説ですよね。
実は太宰先生、高校生のころに見栄でかなりヨンダくん。

いまあらためて読みなおすのは……。
太宰のなにが嫌いって、あのすかした顔です。
ムー大陸 URL @
06/14 18:48
ええ?. 

「右大臣実朝」がつまらないのかあ。
俺あれ大好しなのにw
まあ自分とYonda? さんの趣味の違いは前からよく分かってるつもりですが、
ちょっと残念。
しかもAさんのおすすめというあたりがなんとも。。。w

>なんでもじぶんは実朝の境地だとか(苦笑)。

なんじゃそりゃあっっ(ちゃぶだいをひっくり返す)
Yonda? URL @
06/14 19:09
はい!. 

苦手です。
古文の部分が読みにくくて。
本文もやたら冗長。
じぶんの文章へ酔っているあの感じがどうも。
要は、造りすぎているということへの不満です。

同時収録の「惜別」。
半分くらいまで読みましたが、こちらはいけそう。
本棚の奥から探すのも面倒だから、
「斜陽」を買うつもりが、あはは、すっかり忘れていました。
太宰は日本語がうまいですね。
簡単にまねできそうで、
へたにトライすると、とんでもない悪文になる。

>なんじゃそりゃあっっ(ちゃぶだいをひっくり返す)

わたしも切れそうに。
Aさんの自己イメージは、彼岸を超越した将軍家なのだから(苦笑)。

「斜陽」買い忘れたのは失敗です。
せっかくだから再読してもよかった。
本棚の奥にあるのは痛みが激しそうで。
活字も大きくなっていないだろうし。








 

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