FC2ブログ

『花と怒濤』『肉体の門』『俺たちの血が許さない』

20060720225750.jpg
『花と怒濤』

20060720225932.jpg
『肉体の門』

20060720230043.jpg
『俺たちの血が許さない』

以上全て
鈴木清順 監督 日活 1964年


 1964年に製作された三本の清順映画。
 中でも一番気合が入っているのが『肉体の門』である。清順はこの映画の撮影中一睡もしなかったらしい。ちなみに日活時代の清順の作品の中で、私が一番好きなのはこの作品かもしれない。そして三本の中で一番分裂症が進んでいるのが『俺たちの血が許さない』である。
 乱暴な分類かも知れないが、清順の映画は、清順にとって思い入れのある脚本で撮られたものと、そうでないものとの二つに分けられるのではないか。そして、『肉体の門』や『悪太郎』などが属する前者と違って、後者の『関東無宿』や『俺たちの血が許さない』といった作品群については、単独の作品分析などはあまり意味をなさないような気がする。それらの作品の各々のディテールは、それらの個々の作品世界に属するというよりも、より茫漠たる虚空に向かって、それぞれ自分勝手に彷徨い出してゆくように見えるからだ。
 それら凶暴な分裂症の記号群はしかし、程度の差こそあれ、「真面目に」撮られた『肉体の門』にも確かに存在している。例えば唐突に画面にオーヴァーラップされる、紙の鬼の面をかぶった宍戸錠などがそれである。その後野川由美子によって、幼馴染が学芸会で鬼が島の鬼を演じた思い出などが語られ、そのイメージの意味が一応納得されるのだが、とにかくその画面が出現した瞬間には、全く得体が知れないのだ。
 あるいは『花と怒濤』で、小林旭の背後に置かれていた神興が無人のままに唐突に動き出す場面を思い起こしてもよい。その場面の直後から回想が始まり、そこでは祭りの日、威勢良く神興を担ぐ小林旭の姿があるので、その前の神興の動きは、その回想場面へのブリッジであることが分かるのだが、小林旭の背後で神興がのっそりと動き出す瞬間に背筋にぞくっとくる感覚は、恐怖映画のそれに近い。
 それらの瞬間に何が起こっているかといえば、記号が誕生したのだとしかいいようがない。まだ名づけられていない、のっぺらぼうの、物質的存在としてだけある、裸の記号である。それらの記号は、その前後の記号と過不足なく連携して線形の連なりを形成するにはあまりに無垢で荒々し過ぎるのだ。だから、それら原初の記号群のアナーキーな連鎖は、決して一個の作品としての総体を形成することなく、悪夢に似た無方向な拡散ぶりを見せるのである。この事態を清順的「スタイル」と呼ぶのは、皮肉や反語にすらならないだろう。
 だから『俺たちの血が許さない』で、高橋英樹と小林旭が車中で会話を交わす時に窓の外で荒れ狂っていた怒涛は、単なる心理描写や美学には到底おさまりがつかない凶暴さで作品の外部に溢れ出すのだ。しかしこの場合の「作品」とは?「外部」とは?それを知るために、清順の世界にさらに深く分け入ってゆかなければならない。

20060721004757.jpg
スポンサーサイト

COMMENT









 

TRACKBACK http://moocontinent.blog65.fc2.com/tb.php/81-3b2361a0

野川由美子  rinkaの記録  2007/02/22 06:16
野川由美子野川 由美子(のがわ ゆみこ、本名・山像(やまがた)由美子(旧姓・野川)、1944年8月30日-)は、京都府京都市出身の女優。京都府立朱雀高等学校卒業。高校在学中、ミス着物コンクールの準ミスに選ばれたのがきっかけとなって芸能界入り。1963年、