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寺泊 その3 寺泊保育園

 
 
2008年08月31日16時32分、新潟県長岡市寺泊町、寺泊保育園の鐘楼
 
 
 
 
2008年09月01日15時31分、新潟県長岡市寺泊町、保育園から公園に下る道
 
 
 
 
2008年09月01日15時35分、新潟県長岡市寺泊町、公園の古池
 
 
 かつて通っていた保育園に行く。山腹の寺の境内にある保育園である。旧道から伸びる古い石段を上り詰めると、正面に寺があり、左手は墓地に続いている。右手にはすぐ鐘楼があり、その奥に保育園がある。建物は新しくなっていたが、記憶の中のそれと造りは全く変わっていなかった。
 正面玄関を入るとまず広い講堂がある。休み時間ともなると、ここは洟垂れ小僧どもの仁義なき権力闘争の舞台と化したものだった。一段高い正面のステージは、選ばれた勝者しか登ることを許されない聖なる玉座だった。私はそれを、隅っこからいつも指を咥えて眺めていたものである。
 講堂の奥に廊下が一本伸びていて、そこに年中組と年長組の教室が連なっている。思い出すのは、さらにその奥にもう一つ小部屋があったことだ。そこは教材や遊戯の道具が雑然と置かれた物置になっていた。私はよく保育園にいるときに熱を出して寝込んだものだが、そんな時に連れてこられるのは、このほの暗い部屋の片隅に置かれた小さなベッドだった。私はそこが好きだった。皆から離れてひとりそこに横たわり、病気であることの孤独と特権を味わいながら、火照った頭で棚に並んでいる紙芝居を片っ端から取り出しては眺めたものだった。
 保育園の脇の細い道を入って行くと、その先はふもとの公園に続く下り道である。その公園も毎日の遊び場の一つだったが、あまり日の差さぬ陰気な場所だったことを思い出す。その一隅に、弁慶が掘ったとされる井戸の跡があり、そのいかにも眉唾な史跡の前に、淀んだ小さな池があった。私はこの公園のことも、池のことも殆ど忘れかけていた。ある日、その池の底で大きなオタマジャクシが何匹もじっと動かないでいるのを見かけたことだけを、今でもかすかに覚えている。
 さて、私は今更こんな場所を訪ねて、一体何をしているのだろうか。追憶に浸るということとは少し違うと思う。私の心の中で、幼い目で見た印象のまま極端に肥大していたり、逆に記憶の彼方に徐々に霞んで行き、今や脳髄の表面の小さな染みのようなものに過ぎなくなっていたりする光景を、現在の私の歩幅と視界で辿りなおすことには、懐かしさというよりも、神話破壊に似た覚醒の喜びがある。長らく記憶の底のおぼろな影に過ぎなかった古池が、今や嘘のようにあっけらかんと取り澄まして、私の眼前に横たわっている。不思議だなと思う。愉快だなと思う。
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